『群書類従』ぐんしょるいじゅう 塙保己一(はなわ ほきいち)による国学の一大叢書

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塙保己一が編纂に携わった
古代から江戸時代までの
古書をまとめた書物は?
群従武目書
読古家名類
群書類従(答)

『群書類従』(ぐんしょるいじゅう)は、塙保己一が編纂した国文学・国史を主とする一大叢書。
塙保己一が古書の散逸を危惧し、1779年(安永8年)、菅原道真を祀る北野天満宮に刊行を誓った。江戸幕府や諸大名・寺社・公家などの協力を得て、収集・編纂した。古代から江戸時代初期までに成った史書や文学作品、計1273種を収めている。寛政5年(1793年)―文政2年(1819年)に木版で刊行された。
歴史学・国文学等の学術的な研究に、多大な貢献をしている。
引用元: 群書類従 – Wikipedia.

塙 保己一(はなわ ほきいち、延享3年5月5日(1746年6月23日) – 文政4年9月12日(1821年10月7日))は、江戸時代の国学者。幼名は丙寅にちなみ寅之助(とらのすけ)、失明後に辰之助(たつのすけ)と改める。また、一時期、多聞房(たもんぼう)[1]とも名乗る。雨富検校に入門してからは、千弥(せんや)、保木野一(ほきのいち)、保己一(ほきいち)と改名した。『群書類従』『続群書類従』の編纂者である。総検校。贈正四位。
子に伊藤博文と山尾庸三に暗殺されたとされる国学者塙忠宝がいる。
引用元: 塙保己一 – Wikipedia.

塙保己一畢生の大事業は『群書類従』の編纂・刊行である。
 安永八年(1779)正月、34歳の時、北野天満宮に誓って刊行を決意した。

これは、「各地に散らばっている貴重な一巻、二巻といった書を取り集め、後の世の国学びする人のよき助けとなるよう」にとの保己一の考えによるものであった。版木倉庫内部のようす
 もとより、保己一の崇敬する菅原道真の『類聚国史』を参考にしており、『群書類従』の名の由来は、中国の歴史書『三国志』、『魏志』応召伝の一文にある「五経群書、以類相従」によるといわれる。
引用元: 群書類従の編纂.