「装苑賞」同名の雑誌が主宰する新人デザイナーの登竜門「山本寛斎」日本人初ロンドンでファッションショー 「山本耀司」北野武映画衣装「Y’s」娘「山本里美」「リミフゥ」 「ローマ」「パリ」新作発表会開催

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1956年に創設された
あるファッション誌の名を冠する
新人デザイナーの賞は◯◯賞?
◯の漢字をひらがなで答えなさい
そうえん(答)
「装苑賞」

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日本人デザイナーとして初めて
ロンドンでファッションショーを
開催したのは山本寛斎である
×
◯森英恵 もりはなえ


京成電鉄の成田新高速鉄道(成田スカイアクセス)を走る新型スカイライナーの車両デザインを担当したのは?
山本寛斎

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デザイナー・山本耀司の
娘が手がけるブランドは
「◯◯フゥ」?
◯を答えなさい
リミ
「リミフゥ」
LIMI feu


ファッションデザイナー
1980年代にDCブームをおこす
北野武の映画の衣装を担当
ブランド「Y’s」
山本耀司

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次のうち、世界的に有名な
オートクチュールのコレクション
(新作発表会)が、毎年開催
される都市を全て選びなさい
×東京
○ローマ
×ニューヨーク
○パリ


次の新作プレタポルテが発表
されるファッションショーを
一年のうちで開催されるのが
早い順に選びなさい
ニューヨークコレクション
ロンドンコレクション
ミラノコレクション
パリコレクション
東京コレクション

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次のうち、「世界5大モーター
ショー」に数えられる見本市が
開催される都市を全て選びなさい
○パリ
○デトロイト
×ロサンゼルス
○フランクフルト
○東京
◯ジュネーブ
×ロンドン
×上海

装苑賞とは?
ファッションコンテストは若いクリエーターが
自分の思い描く世界をストレートに表現するステージ。
観客は多くの新しい才能とエネルギーに触れて、
時代の気分と将来のファッションスタイルを感じ取る。
「装苑賞」は日本を代表するファッションコンテスト。
高田賢三、山本耀司など世界のトップデザイナーを輩出した。
クリエーターの卵たちはデザイン画を描いて作品を作り、
モードの最先端で活躍するプロデザイナーの厳しい審査を受ける。
ネクストジェネレーションが見つめているものは何だろうか。
引用元:装苑賞 文化出版局 so-en http://www.bunka.ac.jp/soen/about.html

装苑賞(そうえんしょう)は、新人デザイナーを対象とした公募のファッションコンテスト。1956年、女性向けファッション雑誌「装苑」創刊20周年を記念し、創設された。歴史が古く、現在では新人デザイナーの登龍門といわれ、これまでにコシノジュンコ、高田賢三、山本寛斎、山本耀司など数多くの著名デザイナーを輩出している。
引用元:装苑賞 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A3%85%E8%8B%91%E8%B3%9E

装苑(そうえん)は、文化出版局が発行するハイファッション・モード系の女性向けファッション雑誌。月刊誌。
1936年(昭和11年)1月創刊。洋裁の専門誌として新たな文化を一般に紹介した、ファッション誌の草分け的存在である。2006年には、創刊70周年を迎え、記念ショーが行われた。
引用元:装苑 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A3%85%E8%8B%91

装苑オンラインは、学校法人文化学園文化出版局が発刊するファッション雑誌『装苑』のオフィシャルサイトです。本誌の特集や装苑賞、人気連載のニューカマーをはじめ、本誌をより楽しむための連動企画が満載。さらに、文化学園の学生とコラボレートしたファッションスナップ企画「キャンパス・パパラッチ」や学生視点のユニークな記事を配信する「学生編集部」、毎日使いたいアイテムを主役にしたファッションシューティング「everyday」など、オリジナルコンテンツも充実させて毎日発信しております。
引用元:ABOUT US | ファッション雑誌『装苑』のオフィシャルサイト ファッション、ビューティ、カルチャーなどの厳選した情報をお届け! 装苑ONLINE http://soen.tokyo/about/

山本 寛斎(やまもと かんさい、本名の読み:やまもと のぶよし、1944年(昭和19年)2月8日 – )は、日本のファッションデザイナー、イベントプロデューサーである。寛斎スーパースタジオ会長。太田プロダクション所属。通名で、やまもと寛斎と表記することもある。
>神奈川県横浜市生まれ。岐阜県岐阜市出身。岐阜県立岐阜工業高等学校を経て、日本大学文理学部英文科中退。
1971年(昭和46年)に、日本人として初めて、ロンドンでファッション・ショーを開催したことでも知られる。[1]
>大学進学のため、上京。横浜で洋裁教室をしていた実母と再会し、ここで装苑賞の存在を知り応募に至る。 その後コシノジュンコ、細野久などのデザイナーの下で働いた後、1971年(昭和46年)に独立して、株式会社「やまもと寛斎」を設立した。同年、ロンドンで、日本人初となるコレクション 『Kansai in London』を実施した。1973年(昭和48年)には、デビッド・ボウイのステージ衣装も手がけ、1975年(昭和50年)にはパリで既製服のコレクションを発表した。
また、山本は2010年(平成22年)に開業した日本の京成電鉄・成田スカイアクセスの新AE形の車輌デザインを担当したが、車体色の選定は候補の7色を直接車両に塗って行ったという[4]。

――外国人観光客を“しびれさせる”デザインとして、どんなものを考えたのか。

寛斎:初めて成田空港に到着した外国人観光客を驚かすためには、日本人の伝統を基本にしながらも、それが未来形を帯びているものにすべきだと思った。“日本の伝統美”と“日本の未来”の両方を伝えたいと思ったのだ。

 そこで車両外観には、藍色のラインを引いている。藍色は、「インディゴ」という言い方で海外にも存在する色ではある。だが日本ではこの藍染めの技術が著しく発達し、古くからポピュラーな色として定着している。そこで日本が古くから持つ、この美しい藍色を基本にしようと思った。

 藍色をきれいに見せ、際立てるにはどうすべきかと考えた結果、車体は白色をベースにした。この新型スカイライナーの白色は、鉄道業界でも過去になかったほど白色が際立っている。苦労したのは、太陽の光が当たった場合や、トンネルや駅構内に入ったときなど、どんなシーンでも藍色をはっきり見せること。そのために鉄道車両を実際に屋外に出したり、屋内に入れたりしながら、さまざまな環境で色の見え方を比べ、何度も試し塗りをして、今の白色に行き着いた。実際に仕上がってみると、狙い通り、どんな環境でも藍色が美しく見えるようになった。
引用元: 山本寛斎が「新型スカイライナー」に施した、外国人を“しびれさせる”仕掛け(P2) 日経トレンディネット.

山本 耀司(やまもと ようじ、1943年 – )は、東京都生まれのファッションデザイナー。ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)の名でプレタポルテ(高級既製服)ブランドを展開している。
長女・山本里美(りみ)も、自身のブランド「LIMI feu」(リミフゥ)のデザイナー。
引用元: 山本耀司 – Wikipedia.

デザイナー:山本里美
リミ フゥとは、山本耀司の娘、山本里美(Limi Yamamoto)のブランドである。 1974年生まれ 山本耀司の長女
文化服装学院卒
1996年 ヨウジヤマモト入社。「ワイズ」で2年間パタンナーとして働く
2000年 Y’s bis LIMI(ワイズ・ビス・リミ)でデビュー
2002年 LIMI feu(リミ・フゥ)に変更
特徴:アクティブな女性のための日常着。
引用元: リミ・フゥ 【 LIMI feu 】 日本 【週刊ファッション情報】.