【蚊を食べるトンボ】

お正月に遊ぶ羽根つきの
羽根は、元々どんな昆虫を
意味している?

トンボ(答)

ハチ
25%

羽根つき
はねつき

羽根を羽子板でつく正月の遊び。年占に由来すると思われる古い遊びであるが,羽根を蚊を食うとんぼに見立て,子供が蚊に刺されないまじないとしてつかせたとする説 (一条兼良『世諺問答』) もある。『看聞御記』に永正4 (1507) 年に追羽根が行われた記事があるところからみれば,初めはもっぱら追羽根が競技として行われたものらしく,1人でつき遊ぶ衝羽根が行われるようになったのは,のちのことらしい。
引用元:羽根つき(はねつき)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E7%BE%BD%E6%A0%B9%E3%81%A4%E3%81%8D-115824

■羽根つきの起源
室町時代の宮中の様子を記録した「看聞日記(かんもんにっき)」に羽根つきの記録があります。
奈良時代より女子が神事として行っていた、棒で球を打つ「毬杖(ぎっちょう)」という遊びを起源とする説や、室町時代に中国から羽根に硬貨をつけたものを蹴る遊びが伝わって、羽根をつくようになったのが起源ともいわれています。
羽子板を「胡鬼板(こきいた)」、ムクロジの実に鳥の羽を付けた羽子を「胡鬼子(こきのこ)」と呼び、御所では公卿対女房の「胡鬼子勝負」も行われたそうです。

羽根つきには、一人で続けて突く「つき羽根」と、相手と突き合う「追羽根」という遊び方があります。どちらも落とさず長く突けたほうが勝ちで、羽根を落とすと墨を塗られたりします。お正月の女の子の遊びとして定着していますが、羽根つきには、単なる遊び、玩具としてだけでなく厄払いの意味があります。
羽根のムクロジの実は「無患子」と書くことから子どもが患わない、羽根が病気を運ぶ蚊の天敵のトンボに似ているので、1年の厄を払いのけるとされます。打ち損じると顔に墨を塗るというのも、魔よけのおまじないです。

江戸時代には、女の子の健やかな成長を祈って、初正月に羽子板を贈るようになりました。
現代でも、その年に男の子が生まれた家には破魔弓、女の子が生まれた家には羽子板を贈るという習慣があります。
引用元:羽根つきと羽子板|暮らしの中の歳時記|暮らし歳時記 http://www.i-nekko.jp/kurashi/2014-121617.html

○ 羽子板の歴史について

羽子板は、いつ頃から始まったのでしょうか?
それは、だいたい室町と言われる時代に外国のおもちゃとして入ってきたようです。お正月にお城の遊びとして男組と女組に分かれて勝負をし負けた組が勝った組にお酒を配って宴会をしたようです。この羽根つきは大人の人たちの遊びだったようです。本来は子供の遊びではあります。では何故お正月に羽根つきをするのでしょうか?

○ お正月に羽根つきをするのでしょうか?

その昔、羽子板は、羽子木板(ハコギイタ)と呼ばれていて、これがだんだん略されて『コギイタ』と呼ばれるようになりました。
この『コギ』という言葉は、中国では『トンボ』を意味していたそうです。
昔は、夏にでてくる『蚊』は大変恐れられていて『蚊』に刺されると悪い病気が伝染して多くの人が命を落したと言われています。現代のように病院や良い薬なんてありませんでしたから多くの人が蚊を恐れていたようです。その恐ろしい蚊を食べてくれる昆虫として人々から愛されていたのが『トンボ』だったようです。羽根つきで使う羽根の飛ぶ様子が『蚊』を食べる『トンボ』のように見えるので、お正月に羽根つきをすると夏には蚊に食べられないという厄払のおまじないだったそうです。
また羽根についている実、これを無患子といい『患わ無い子』という意味があり羽根がトンボに似ていることも羽根の重りに無患子を使ったのも子供達の無病息災を願う気持ちが込められていました。
引用元:江戸勝の江戸押絵羽子板/羽子板の由来について http://hagoita.jp/hagoita-history.html