五稜星


サッポロビールのラベルに
描かれている星は
金星を表している
×(答)
◯五稜星
57%

サッポロビールのロゴマークであり、
札幌市の名所にも掲げられた星。

実はこれは、

「五稜星」と呼ばれる星なのだ。

五稜星は、北極星をモチーフに、

開拓使のシンボルとして誕生したもの。

そこには、開拓使ならではの

「開拓者精神」

が込められているのだそうだ。

そしてその精神を受け継ぎ、

同じく五稜星をシンボルとして掲げたことで、

札幌各地でこの星が広がっていったのだとか…

このように、五稜星が掲げられているのは、

国指定重要文化財や北海道遺産など、

どれも貴重な建築物ばかり。

同じく星を冠するサッポロビールにも、

長い歴史の裏側に、

開拓者精神が受け継がれているのである―
引用元:1876年の年伝説|サッポロ年伝説|サッポロビール http://www.sapporobeer.jp/toshidensetsu/vol10/index.html

ロシアの南下政策への対抗策として1869 (明治2) 年に設置された開拓使は、殖産興業に燃える新政府の切り札として大いに期待され、外国人技師の招へいが行われて「開拓使麦酒醸造所」を含む30種以上の官営工場が開設されました。輸入品の「舶来ビール」や横浜の外国人技師が作る「居留地ビール」が発信源となって次第に認知度が高まっていたビールは新時代を象徴する飲み物で、国内消費や輸出向けの有望なマーケットが誕生する可能性を秘めていました。

そうしたことから、ホップが自生する土地で、ビール大麦の栽培にも適しており原料の自給自足が可能なこと、低温で発酵させるための氷が入手しやすいことなど、気候風土がビールづくりに適している北海道に、政府の勧農・殖産興業政策に合致するビール醸造事業が導入されることになりました。

開拓使麦酒醸造所によるビールづくりは1876(明治9)年に醸造所の建設から始まり、1877 (明治10) 年夏には、日本人として初めて本場ドイツで修業した醸造技師中川清兵衛によって仕込まれた第1号商品冷製「札幌ビール」が、サッポロビールのトレードマークである「五稜星」★が描かれた開拓使旗 (北辰旗) を立てた船艦によって東京へと運ばれました。

開拓使ビールの発売からほぼ10年後、数知れないほどの困難を乗り越えた先駆者たちの努力によって国産ビールの総生産量はついに舶来ビールの輸入量を上回ります。その間、サッポロビールの先駆者たちもまた、ビール醸造に適した大麦の栽培に苦心し、品種改良や栽培方法などの研究を積み重ねていきました。なかでも、荒野を開墾して畑を耕した屯田兵とともに取り組んだ原料づくりは、彼らの功績とともに、今日の当社の「協働契約栽培」のルーツとして記憶にとどめておきたい事柄です。その後、開拓使麦酒醸造所は渋沢栄一らが経営に参画し、民間会社の「札幌麦酒会社」として新たなスタートを切ります。
引用元:歴史・沿革 | 会社情報 | サッポロビール http://www.sapporobeer.jp/company/history/

サッポロビールのラベルに描かれている星は北極星(ポラリス)を表す前身の開拓使麦酒醸造所を保有していた北海道開拓使の徽章で、同社の伝統である。
引用元:サッポロビール – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%83%E3%83%9D%E3%83%AD%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%AB