『日蝕』『一月物語』『葬送』


次のうち、作家・平野啓一郎が
自ら「ロマンティック三部作」
と呼ぶ小説を全て選びなさい
『マチネの終わりに』
『日蝕』(答)
『葬送』答
『一月物語』
19%

平野 啓一郎(ひらの けいいちろう、1975年6月22日 – )は日本の小説家。

愛知県蒲郡市で生まれたが1歳で父親(享年36)を亡くし、2歳から18歳まで母親の実家があった福岡県北九州市八幡西区で育つ。私立明治学園中学校を経て福岡県立東筑高等学校、京都大学法学部卒業。高校時代に80枚の処女長編を執筆。大学では小野紀明ゼミ(政治思想史)に所属し、バーでのアルバイト、軽音サークル、小説の執筆などに重点を置いた生活を送る。

在学中の1998年、執筆に1年を費やした『日蝕』を『新潮』に投稿。15世紀のフランスを舞台に神学僧の神秘体験を明治期の作家を思わせる擬古文で描いた作品で新人としては異例の一挙掲載がなされ、「三島由紀夫の再来」と喧伝されるなど華々しいデビューを飾る。翌1999年、『日蝕』により第120回芥川賞を当時最年少の23歳で受賞(ただし月数も考慮すると、平野は丸山健二より約6か月年長)。同年、泉鏡花風の幻想譚『一月物語』(いちげつものがたり)を発表。

2002年、19世紀のパリを舞台にショパン、ドラクロワ、ジョルジュ・サンドらの織り成す人間模様を描いた『葬送』を刊行。『日蝕』『一月物語』と合わせて「ロマンティック三部作」とした[1]。
引用元:平野啓一郎 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E9%87%8E%E5%95%93%E4%B8%80%E9%83%8E

日蝕・一月物語
平野啓一郎/著

錬金術の秘蹟、金色に輝く両性具有者(アンドロギュノス)、崩れゆく中世キリスト教世界を貫く異界の光……。華麗な筆致と壮大な文学的探求で、芥川賞を当時最年少受賞した衝撃のデビュー作「日蝕」。明治三十年の奈良十津川村。蛇毒を逃れ、運命の女に魅入られた青年詩人の胡蝶の夢の如き一瞬を、典雅な文体で描く「一月物語」。閉塞する現代文学を揺るがした二作品を収録し、平成の文学的事件を刻む。
引用元:平野啓一郎 『日蝕・一月物語』 | 新潮社 http://www.shinchosha.co.jp/book/129040/

葬送 第一部〔上〕
平野啓一郎/著

ロマン主義の全盛期、十九世紀パリ社交界に現れたポーランドの音楽家ショパン。その流麗な調べ、その物憂げな佇まいは、瞬く間に彼を寵児とした。高貴な婦人たちの注視の中、女流作家ジョルジュ・サンドが彼を射止める。彼の繊細に過ぎる精神は、ある孤高の画家をその支えとして選んでいた。近代絵画を確立した巨人ドラクロワとショパンの交流を軸に荘厳華麗な芸術の時代を描く雄編。
引用元:平野啓一郎 『葬送 第一部〔上〕』 | 新潮社 http://www.shinchosha.co.jp/book/129033/

葬送 第二部〔下〕
平野啓一郎/著

病躯を引きずるように英国から戻ったショパンは、折からのコレラの大流行を避けてパリ郊外へ移った。起きあがることもままならぬショパンを訪なう様々な見舞客。長期にわたる病臥、激しい衰弱、喀血。死期を悟ったショパンは、集まった人々に限りなく美しく優しい言葉を遺す。「小説」という形式が完成したとされる十九世紀。その小説手法に正面から挑んだ稀代の雄編。堂々の完結。
引用元:平野啓一郎 『葬送 第二部〔下〕』 | 新潮社 http://www.shinchosha.co.jp/book/129036/