『ピストルズ』


2010年に第46回谷崎潤一郎賞を
受賞した阿部和重の小説は?
『ビートルズ』
『ピストルズ』(答)
『ストーンズ』
『ラモーンズ』
30%


作家の阿部和重・川上未映子
夫妻は、共に直木賞を
受賞している
✕(答)
◯芥川賞

菖蒲家--甘い香りと美しい歌声に満ち、世間から隔絶された夢の花園。だがその実態は、人心を自在に操る一子相伝の秘術を用いる魔術師一家が、一二〇〇年にわたって住まうディストピアだった。自分の代で忌まわしい伝承を断つつもりだった父は、一族の遠大な呪縛に絡め取られていく。谷崎潤一郎賞受賞作。
引用元:『ピストルズ 上』(阿部 和重):講談社文庫|講談社BOOK倶楽部 http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000206273

『ピストルズ』の挑戦
佐々木 『ピストルズ』は一種の幻想小説のようなスタイルを取っていると同時に、舞台が神町であるにもかかわらず、アメリカのサブカルチャーに関していろんな形で言及されている小説ですが、『シンセミア』の次にああいうタイプの小説を書いたのは、どういう理由からなんですか。

阿部 さっきの「全部の顔が違ってるような三部作」という話をよりイメージしやすい例を映画で言うと「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズ。あの三部作って、それぞれ全然違ってますね。第一作は五〇年代に帰る。過去ですね。パート2では未来に行く。そしてもう一度五〇年代に帰り、最後には西部劇の時代、十九世紀に行っちゃう。第三部はそのまま西部劇の物語が語られるという、この三つの顔を持っているけれども、まったく同じシチュエーションが繰り返されるだけのハリウッド映画である「バック・トゥ・ザ・フューチャー」三部作にぼくは強い影響を受けて、モデルとしてはこれだなと思っていたんです。
 それとは別に、実は『ピストルズ』というのは、三部作という企画を超えて、ああいうタイプの全面的にコントロールが行き届いた作品——ぼくは小説家になったので結局、小説という形になりましたけど、ずっと以前から、徹底してコンセプチュアルな作品をいつか物にしてみたいと、素朴に夢見ていた。あの作品にまつわるさまざまな表現上の試みはずっと頭の中にあったもので、最終的な本の形まで、夢のようなものとして抱きつづけてきたところがあるんです。
 具体的に参照されたカルチャーというのは、必ずしもアメリカ文化だけに限らず、六〇年代から七〇年代にかけての、サイケデリックと分類される種類のサブカルチャーです。カウンター・カルチャーとかフラワー・ムーブメントと呼ばれる時流の中で生まれた、それにまつわる様々な音楽や映画、当時の文化的スターの言動、等々を参照して、単にそれを物語の中に移植するだけではなく、一読してもそうと気づかれないようなレベルで組み込んでいく。そういう統一性を持った緻密なタペストリー的作品を組み立てたいという年来の創作的野心が、『ピストルズ』を書く最大の動機だったんです。
 言ってみれば『シンセミア』は終戦を迎えた一九四五年から一九五五年ぐらいにかけての占領期と、二〇〇〇年当時の現在をつなぎ合わせることでできている。『ピストルズ』はそれ以降の六〇年代、七〇年代という戦後史を扱うという必然性もあった。だからこそ、自分がもともとやりたかった、三部作と別に考えていた表現上の試みにここでがっつり取り組めるなと考えて、全面展開させてみたわけです。
引用元:芥川賞は失敗だった?——阿部和重インタビュー 3/5|『ピストルズ』文庫化記念 阿部和重インタビュー |佐々木敦/阿部和重|cakes(ケイクス) https://cakes.mu/posts/2170

阿部 和重(あべ かずしげ、1968年9月23日 – )は、山形県東根市神町出身の小説家、映画評論家。

経歴
日本映画学校(現・日本映画大学)卒業。演出助手などを経て、1994年に「アメリカの夜」で群像新人文学賞を受賞しデビュー。1997年の『インディヴィジュアル・プロジェクション』で注目をあつめる。テロリズム、インターネット、ロリコンといった現代的なトピックを散りばめつつ、物語の形式性をつよく意識した作品を多数発表している。2004年に『シンセミア』で伊藤整文学賞および毎日出版文化賞を、2005年に「グランド・フィナーレ」で芥川龍之介賞(芥川賞)をそれぞれ受賞。『シンセミア』をはじめ、いくつかの作品には「神町」を中心とする設定上の繫がりがあり、インタビューなどでは《神町サーガ》の構想を語っている。

妻は作家の川上未映子。2011年10月に婚姻届を提出、史上初の芥川賞作家同士の結婚として注目を集めた。阿部は2008年8月、川上は2010年10月にそれぞれ別の配偶者と離婚しており、ともに再婚である。2008年10月に東京都内で行われた文芸誌〈早稲田文学〉のシンポジウムで知り合い、2011年1月から交際していた[3]。
引用元:阿部和重 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E9%83%A8%E5%92%8C%E9%87%8D