「世紀末バロックの魔術師」ジョン・ガリアーノ 「色彩の魔術師」エマニュエル・ウンガロ 「ニットの魔術師」オッタビオ・ミッソーニ 「布地の魔術師」ピエール・カルダン 「カーブの魔術師」アズディン・アライア

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世界的ファッションデザイナーで
「ニットの魔術師」という異名で
呼ばれたのはオッタビオ・
ミッソーニですが

「世紀末バロックの魔術師」と
いう異名を持つのは?
オッタビオ・ミッソーニ
イヴ・サンローラン
ジョン・ガリアーノ(答)
アズティン・アライア

「布地の魔術師」と
いう異名を持つのは?
ピエール・カルダン(答)

「カーブの魔術師」という
異名を持つのは?
「アズディン・アライア」(答)

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多彩な配色テクニックから
「色彩の魔術師」「プリントの
詩人」などと呼ばれたデザイナー
はエマニュエル・◯◯◯◯?
ウオバエロ
ールレンガ
ウンガロ(答)
エマニュエル・「ウンガロ」

ジョン ガリアーノ(John Galliano)はイギリスのファッションブランド。メンズ及びウィメンズを展開。パリにてコレクションを発表している。
>ウィルソングラマースクールを卒業後、セントマーチンズのテキスタイル科入学(途中テキスタイル科からモード科に移籍)。84年、セントマーチンズのモード科を首席で卒業。卒業制作のコレクション「アフガニスタンとヨーロッパの理想」がロンドンのサウス・モルトン・ストリートのブティック「ブラウンズ」のショーウィンドウを飾り、好評を呼んだ。
引用元: ジョンガリアーノ : John Galliano.

エマニュエル・ウンガロ【emanuel ungaro】

サルヴァトーレ フェラガモ(Salvatore Ferragamo)グループのファッションブランド。高級婦人・紳士服、服飾雑貨、香水。1965年、エマニュエル・ウンガロが創立。テーラーだった父のもと、紳士服の基本を学び、後にクリストバル・バレンシアガやアンドレ・クレージュのもとで働いた創業者は、「未来感覚派」「若いテロリスト」とファッション界の注目を集める。その後テキスタイルデザイナー、ソニア・ナップとの出会いにより美しいプリントや特徴的な配色で「色彩の魔術師」「プリントの詩人」と異名をとる作風を確立。本社はフランス、パリ。1996年、フェラガモグループ傘下となる。
引用元: エマニュエル・ウンガロとは – コトバンク.

オッタヴィオ・ミッソーニとロジータ・ミッソーニの2人はともに1921年生まれ。夫のオッタビオは、陸上競技の選手として、48年のロンドン・オリンピックに出場。このとき、イタリア選手団のユニフォームをデザインした。そのオリンピックでロジータと知り合い結婚。結婚後、ロジータの祖父が創業したニット工場を引き継ぎ、スポーツ・ウェアを生産。当初はミッソーニとしてのブランドでは売れず、エマニュエル・カーン、クリスチャーヌ・ベイリーのネームテープをつけて販売された。
しかし、幾何学模様、色彩にこだわった楽しい色の組み合わせのニットが爆発的な人気を呼ぶ。
>ミッソー二の功績はニットウェアの顧客層を上流階級にまで広げたことで、40年にわたる技術革新と、少量生産、幾何学的で色彩の面白いデザインが受けた結果である。ロジータのインスピレーションは近代絵画や自然の風景という。何種類もの色糸を使用して織りなす生地、その色彩、独特の世界は高いな評価を得ている。
引用元: ミッソーニ : Missoni.

46年、クリスチャン ディオールの独立時立ち上げに参加。47年ディオールのコレクションで話題となった「ニュー・ルック」で、カルダンはタイユール(テーラード仕立て)のアトリエ主任として参画した。ちなみに当時のディオールのメゾンには、イヴ・サンローラン、ギ ラロッシュがいた。
50年より自らのアトリエを開始し、1953年にはオートクチュールを始める。自らの前衛的なスタイルでオートクチュールのブランドを立ち上げ活躍。
>カルダンは布地の魔術師と呼ばれ、アバンギャルドなスタイルで、幾何学模様や形を好み、女性的な形状を無視することも多かった。ユニセックスなスタイルにもすすみ、実験的で前衛的なものが多く、実用的でないものも多かった。
引用元: ピエールカルダン : Pierre Cardin.

アズディン アライア(Azzedine Alaia)は1940年ごろチュニジアのチュニスに小麦農家に生まれる。彼自身「一生懸命生きていたので生まれた年を忘れてしまった」とのこと。地元の美術学校の彫刻科に進み、彫刻を学ぶ。その後仕立屋で地元の人々のためにドレス(ディオール等のコピー商品)をつくりはじめる。
>1980年に独立。80年代のファッション界に一大ブームを巻き起こす。アライアのシグネチャースタイルとなるボディコンシャス・スーツは雑誌のエディター、アーティスト、モデルに絶大な支持を受ける。ボディコンシャス・スタイルは服に身体を押し込む事によってシルエット(ライン)をを形成する手法とは、まったく逆の発想で、女性のボディーラインを際立たせるためのアイテムと捉えるコンセプトのもと、余計な装飾を排除し、女性の身体の美しいラインを自然に強調するものであり、体に寸分もなくフィットした。スポーツウェアのような着心地で、女性の第二の「肌」と評価された。
引用元: アズディンアライア : Azzedine Alaia.