「曜変天目」斑紋が美しく輝く国宝の茶碗 「窯変」「耀変」

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茶道で用いる「天目茶碗」の中で
最も優れているとされ、3点が
国宝になっているのは◯◯天目?
◯の漢字をひらがなで答えなさい
ようへん
「曜変天目」

天目茶碗(てんもくぢゃわん)とは、天目釉と呼ばれる鉄釉をかけて焼かれた陶器製の茶碗のこと。
>その頃日本では禅宗が盛んになった鎌倉時代にあたり、中国禅宗の中心であった浙江の天目山に留学した禅僧が喫茶の習慣とともにこれを日本に持ち帰った事から、鉄釉のかかった茶碗を「天目」と称し、その中でも特に鼈口を有した2段の口造り構造となった天目の茶碗は中の茶の保温に優れたものとして茶道を愛好するものに好まれたために、こうした茶碗を「天目茶碗」と呼んで珍重して、台子点前・貴人点などの重要な茶会などの際にも用いられた。
引用元: 天目茶碗 – Wikipedia.

曜変天目茶碗(ようへんてんもくちゃわん)は、天目茶碗のうち、最上級とされるもの。略して曜変天目と呼ばれることもある。なお、「曜変」は「耀変」と書かれることもある。
>漆黒の器で内側には星の様にもみえる大小の斑文が散らばり、斑文の周囲は藍や青で、角度によって虹色に光彩が輝き、「器の中に宇宙が見える」とも評される。曜変天目茶碗は、現在の中国福建省建陽市にあった建窯(中国語版)[1]で作られたとされる。現存するものは世界でわずか4点(または3点、後述)しかなく、そのすべてが日本にあり、3点が国宝、1点が重要文化財に指定されている。いずれも南宋時代の作とされるが、作者は不詳である。形状、大きさがいずれも酷似していることから、同一人物の作ではないかとも言われる。日本では室町時代から唐物の天目茶碗の最高峰として位置付けられている[2]。
>静嘉堂文庫蔵[編集]
稲葉天目の通称で知られ、曜変天目茶碗の中でも最高の物とされる。元は徳川将軍家の所蔵で、徳川家光が病に伏せる春日局に下賜した[1]ことから、その子孫である淀藩主稲葉家に伝わった。そのため、「稲葉天目」と呼ばれるようになった。その後、1934年に三菱財閥総帥の岩崎小弥太が購入し入手したが、岩崎は「天下の名器を私如きが使うべきでない」として[1]、生涯使うことはなかったという。現在は静嘉堂文庫所蔵[4]。 国宝。 なお、近年オープンした東京丸の内の三菱一号館内「三菱センター デジタルギャラリー」ではデジタルコンテンツとして常時閲覧することができる。
引用元: 曜変天目茶碗 – Wikipedia.

 斑紋は手で描いたのではない。「曜変」は元は「窯変」と表記され、窯で焼成する際の何らかの変化で斑紋が生じたものを指す。宋代に福建省でつくられたとされるが、妖しいまでの輝きを生む製法はいまだ謎だ。
引用元: 小碗に浮かぶ瑠璃色の宇宙 曜変天目茶碗(藤田美術館・大阪市) 古きを歩けば(43) :日本経済新聞.