「永世十段」中原誠、大山康晴


次のうち、将棋で「永世十段」の
称号を与えられた棋士を
全て選びなさい
中原誠(答)
大山康晴(答)
羽生善治

永世竜王
永世名人
永世王位
名誉王座
永世棋王
永世王将
永世棋聖
永世十段
渡辺明木村義雄大山康晴中原誠羽生善治大山康晴大山康晴大山康晴
大山康晴中原誠羽生善治渡辺明羽生善治中原誠中原誠
中原誠羽生善治米長邦雄
谷川浩司羽生善治
森内俊之佐藤康光
羽生善治
読売新聞主催毎日新聞、朝日新聞主催新聞三社連合ほか主催日本経済新聞主催共同通信主催スポーツニッポン、毎日新聞主催産業経済新聞主催1987竜王戦へ


次のうち、将棋で「名誉王座」を
名乗る資格を持っている棋士を
全て選びなさい
羽生善治(答)
渡辺明
中原誠(答)


次のうち、将棋で「永世名人」の
称号を与えられた棋士を
全て選びなさい
佐藤康光
米長邦雄
大山康晴(答)

竜王戦(りゅうおうせん)は、読売新聞社主催の将棋の棋戦で、全7タイトル戦(竜王戦・名人戦・王位戦・王座戦・棋王戦・王将戦・棋聖戦)の中で最高峰である。発足(第1期の開始)は1987年であるが、前身の十段戦、更にその前身の九段戦(第1期は1950年)から数えると、名人戦(第1期は1935-1937年)に次いで2番目に歴史の長いタイトル戦である。七番勝負の勝者は竜王のタイトル称号を得る。竜王位は名人位とともにプロ将棋界の頂点とされている。

「永世竜王」の称号[編集]
永世称号である永世竜王は、竜王位を連続5期もしくは通算7期以上保持した棋士に与えられる。2012年11月現在、永世竜王の資格を持つ棋士は渡辺明のみ。但し羽生善治が通算6期で永世竜王に王手をかけており、あと1期獲得すると竜王を含む7大タイトル全てで永世称号を与えられる事となる。しかし2002年に失冠して以降、羽生は竜王位から遠ざかっている。
引用元:竜王戦 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%9C%E7%8E%8B%E6%88%A6

将棋における名人(めいじん)は将棋界の最高権威者とされる称号であり、現在は名人戦の勝者を示す称号となっている。女流名人、アマチュア棋戦の「名人」はそれぞれを参照。

>実力制永世名人[編集]
昭和24年(1949年)の日本将棋連盟の規約改定により[4]、名人位を5期以上保持した棋士に「永世名人」の資格を与え、引退後に襲位するようになった。他のタイトルの永世称号と異なり、「○世名人」という称号となる。代数は家元制(世襲制)および推挙制の数字を引き継ぎ、十四世からとなっている。
大山康晴は名人位通算18期および13連覇など、中原誠は名人位通算15期などの偉業を讃え、特例として現役のまま襲位することを許された。
十四世名人 木村義雄:昭和27年(1952年)の引退後に襲位
十五世名人 大山康晴:昭和51年(1976年)に現役のまま襲位
十六世名人 中原誠:平成19年(2007年)に現役のまま襲位
十七世名人 谷川浩司(引退後に襲位予定)
十八世名人 森内俊之(引退後に襲位予定)
十九世名人 羽生善治(引退後に襲位予定)

>名誉名人[編集]
推挙によって名人が襲位していた時代に諸般の事情により襲位できなかったが、後に日本将棋連盟(または将棋大成会)によって「名誉名人」称号を贈られた者は、以下の2名がいる。なお、升田幸三が実力制第四代名人の称号を贈られる前に「名誉名人」を打診されたが、「名誉名人は名人になれなかった者への肩書きだ。私は名人になっている」として、断っている。
小菅剣之助:大正10年(1921年)に名人に推挙されるが当時は専業棋士でなかったため辞退。昭和11年(1936年)に時の「将棋大成会」により名誉名人を贈位される。
土居市太郎:大正時代の関東棋界においては師の関根をしのぐ実質第一人者であった。昭和29年(1954年)に日本将棋連盟から贈位される。
ただし土居は実力制の初期まで現役で、第2期名人戦で木村義雄に挑戦している(当時52歳)。
引用元:名人 (将棋) – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E4%BA%BA_(%E5%B0%86%E6%A3%8B)

王位戦(おういせん)は、ブロック紙3社連合(北海道新聞社・中日新聞社(中日新聞・東京新聞)・西日本新聞社・神戸新聞社・徳島新聞社)主催の将棋の棋戦。毎年7月から9月にかけて行われる。「王位戦七番勝負」の勝者は王位と呼ばれ、タイトル保持者となる。
1960年に「三社杯B級選抜トーナメント」が発展解消されて4番目のタイトルとなった。開始時は三社連合の他に産経新聞も参加しており、産経新聞が主宰していた「早指し王位決定戦」の名前を継承し、産経新聞は1962年の棋聖戦の単独開催で離れた[1]。

>永世王位[編集]
永世称号である永世王位は、王位を通算十期もしくは連続五期以上保持した棋士に与えられる。2008年1月現在、永世王位は大山康晴・中原誠、永世王位の資格を持つ棋士は羽生善治。
引用元:王位戦 (将棋) – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%8B%E4%BD%8D%E6%88%A6_(%E5%B0%86%E6%A3%8B)

王座戦(おうざせん)は、日本経済新聞社主催の将棋の棋戦。毎年9月頃に王座戦五番勝負が行われ、その勝者はタイトルの1つである王座の保持者となる。1953年に優勝棋戦として創設され(同年、囲碁の王座戦も開始)、1983年(31期)にタイトル戦に格上げされた。前身は「世代別対抗将棋戦」[1]。

名誉王座[編集]
永世称号である名誉王座は、王座を連続5期もしくは通算10期以上保持した棋士に与えられる。将棋界で主要な7大タイトル戦の永世称号として「永世」ではなく「名誉」を冠するのは、王座戦だけである(その他の棋戦ではNHK杯テレビ将棋トーナメントでも同じ要領で「名誉NHK杯」と紹介される。これはいずれも囲碁と同一スポンサーの提供による優勝杯をかけたものであるため)。

>主催の日本経済新聞社が1996年9月に同称号を制定した際、中原誠はタイトル戦昇格前の優勝回数10回と昇格後の獲得6期を合わせて16期(16回)の実績により名誉王座の資格を与えられた[6]。同年、羽生善治も連続5期達成により資格を得た。
引用元:王座戦 (将棋) – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%8B%E5%BA%A7%E6%88%A6_(%E5%B0%86%E6%A3%8B)

棋王戦(きおうせん)は、共同通信社主催の将棋の棋戦。毎年2月から3月にかけて行われる。将棋界の7つのタイトル戦のうちの一つで、「棋王戦五番勝負」の勝者は棋王となる。

永世棋王[編集]
永世称号である「永世棋王」の資格は、棋王位を連続5期以上保持した棋士に与えられる。将棋界のタイトルで通算期数で永世位を獲得できないのは棋王のみである[3]。永世棋王への就位は他のタイトルの永世位と同様、原則として引退後である。2016年度終了現在、永世棋王の資格を持つ棋士は羽生善治(七冠独占の約1年前となる1995年3月に達成し、羽生にとって初めての永世称号資格)と渡辺明の2人のみである。
引用元:棋王戦 (将棋) – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%8B%E7%8E%8B%E6%88%A6_(%E5%B0%86%E6%A3%8B)

王将戦(おうしょうせん)は、スポーツニッポン新聞社及び毎日新聞社主催の将棋の棋戦。毎年1月から3月にかけて行われる。7つのタイトル戦のひとつで、王将戦七番勝負の勝者は王将となる。1950年度創設、1951年度にタイトル戦に格上げされた。 その名の通り、駒の「王将」から命名された。

>永世王将[編集]
永世称号である「永世王将」は、王将位を通算10期以上保持した棋士に与えられる。2015年3月現在、永世王将は大山康晴のみ、永世王将の資格を持つ棋士は羽生善治のみ。大山は1973年、王将失冠(無冠)により、特例的に現役で永世王将を名乗っている。
引用元:王将戦 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%8B%E5%B0%86%E6%88%A6

棋聖戦(きせいせん)は、プロ将棋の7つのタイトル戦のうちの一つである。産経新聞社主催。「棋聖戦五番勝負」の勝者は棋聖と呼ばれ、タイトル保持者となる。五番勝負は、毎年6~7月に行われる。
前身の棋戦は早指し王位決定戦である。三社連合と共同開催の王位戦を経由して[1]、棋聖戦開始。
「棋聖」は、本来は将棋・囲碁に抜群の才能を示す者への尊称であった。将棋では、特に、江戸時代末期に現れた、不世出の天才棋士・天野宗歩を指すことが多い。

>永世棋聖[編集]
永世称号である永世棋聖は、棋聖位を通算5期以上保持した棋士に与えられる。2013年7月現在、永世棋聖は大山康晴・中原誠・米長邦雄、永世棋聖の資格を持つ棋士は羽生善治・佐藤康光。
引用元:棋聖戦 (将棋) – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%8B%E8%81%96%E6%88%A6_(%E5%B0%86%E6%A3%8B)

十段戦(じゅうだんせん)は、読売新聞社が主催していた将棋の棋戦。
前身である全日本選手権戦、九段戦(全日本選手権戦)についてもこの項目で記述する。

1948年に創設された全日本選手権戦が起源で、1962年に九段戦(全日本選手権戦)を改称して始まり、1987年に発展解消して竜王戦となった。十段戦七番勝負の勝者は十段と呼ばれ、タイトル保持者となる。十段はタイトル名であり、段位ではない(将棋の段級#十段と九段を参照)。

>永世十段・永世九段[編集]
十段位を10期獲得した棋士には、永世称号である永世十段が与えられる(前身の九段戦も含んで数える)。永世十段の資格を持つ棋士は大山康晴、中原誠の2名。なお、塚田正夫は、前身の九段戦で永世九段(3連覇で獲得)の資格を得、失冠後も「塚田九段」と呼ばれ、没後に名誉十段を追贈された。
引用元:十段戦 (将棋) – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%81%E6%AE%B5%E6%88%A6_(%E5%B0%86%E6%A3%8B)