西尾徹也「お絵かきロジック」考案


人気のパズル
「お絵かきロジック」を
考案したとされるパズル作家は
芦ヶ原伸之である
×(答)
◯西尾徹也
49%

お絵かきロジック(おえかきロジック)は、縦と横の数字をヒントに塗り潰すマス目を割り出し、そのとおりに塗り潰していくと、最終的に絵(または文字)が浮かび上がるタイプのペンシルパズル。ののぐらむ、イラストロジック、ピクロスとも呼ばれている。

>お絵かきロジックは、1988年に西尾徹也といしだのんの二者が独自に発案した。同時期に別々に発表したため一時期論争を起こしたが、実際は殆ど同じ時期に別々に創案したということが分かり、論争もおさまった。
西尾は、マトリクスを使用したロジックパズルのマトリクスを利用して絵を描くことを考えた。一般的なロジックパズルにおいてはマトリクスには○か×を埋めるが、この○と×を黒マスと白マスにすることを考え、ヒントの出し方を考えて現在のルールを完成させた。
いしだは1987年に、ビルの窓を利用して絵を描くという企画で入選した後、窓の絵=格子の上に絵を描くパズルを考えた。このいしだの思考の過程の一部は彼女の著書である「ののぐらむ」で見ることができる。
このように二者が独自の過程を経て偶然にも同じ形式の問題に落ち着いた。後に西尾は問題を提供している『パズラー』誌で、いしだはパズルの連載をしていた『社会新報』紙で問題を発表することになるが、偶然にも両誌の発行日は共に1988年7月2日であった。
西尾は『パズラー』誌でこのパズルを発表した際に、このパズルを読者からも募集した。これにより高い人気を得、同誌から多くの作家が生まれることになった。一方いしだの作品は、イギリスの『サンデー・テレグラフ』紙で連載されることになった際に、同紙よりNONOGRAMと命名され、これにより、NONOGRAMはイギリスで人気を得ることになる。日本においては毎日新聞の日曜版でもののぐらむと命名されて、連載されていた(2006年現在、連載終了)。
1993年に世界文化社から『パズラー』別冊として単行本『お絵かきロジック vol.1』を発売し、20万部を売り上げる。これに便乗した類似本が何冊も出版されるようになるなど、お絵かきロジックの人気の火付け役となったと言われる[1]。なお、お絵かきロジックの名称は世界文化社の商標となっており、同名のパズル誌が刊行されている。
引用元:お絵かきロジック – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E7%B5%B5%E3%81%8B%E3%81%8D%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%83%83%E3%82%AF

西尾 徹也(にしお てつや、1954年7月18日 – )は、日本のパズル作家。和歌山県出身。妻はパズル作家の桜田すみれ[1]。

>1980年代前半に、杉本幸生とともにパズルの制作集団「菫工房」を設立し、世界文化社のパズラー創刊時から同誌で多く作品を発表している。特にお絵かきロジックの考案者として知られている。
引用元:西尾徹也 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%B0%BE%E5%BE%B9%E4%B9%9F

芦ヶ原伸之(よしがはら のぶゆき、1936年5月27日 – 2004年6月19日)は、日本のパズル作家。Nobの愛称でも知られている。
1970年東京工業大学化学工学科卒業。高分子関係の技師や教員の経験もある。世界のパズルを日本に紹介したり、自らの作品やその他の日本のパズルを日本国内外に広く紹介していた。また、パズルのコレクターとして世界的に知られており、ジェリー・スローカム、エドワード・ホーダンと共に世界三大パズルコレクターと呼ばれている。高木茂男とはパズル懇話会設立のメンバーとしても一緒で交友があった。日本メンサの名誉会員でもあった。
そのパズルに対する功績により、2003年にロイド賞を受賞している。
引用元:芦ヶ原伸之 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%A6%E3%83%B6%E5%8E%9F%E4%BC%B8%E4%B9%8B