「松本清張賞」1994年創設 葉治英哉(はじえいさい)『マタギ物見隊顛末』「オール讀物」に発表


ある作家の名を冠した文学賞
1994年に創設
「オール讀物」に発表
第1回受賞者は葉治英哉
松本清張賞(答)
大江健三郎賞
大藪春彦賞
横溝正史賞
28%


ある作家の名前を冠した文学賞
1988年に創設
発表誌は「小説新潮」
第1回受賞者は山田太一
山本周五郎賞(答)

連想
ある作家の名前を冠した文学賞
1988年に創設
発表誌は「小説新潮」
第1回受賞者は高橋源一郎
三島由紀夫賞(答)

連想
ある作家の名前を冠した文学賞
徳間書店が後援
第1回は馳星周の『漂流街』
ハードボイルドや冒険小説が対象
大藪春彦賞(答)

連想
ある作家の名を冠した文学賞
1935年に創設
「オール讀物」に発表
第1回受賞者は川口松太郎
直木三十五賞(答)

連想
ある作家の名を冠した文学賞
1935年に創設
「文藝春秋」に発表
第1回受賞者は石川達三
芥川龍之介賞(答)

連想
ある作家の名を冠した賞
1952年に創設
日本文学振興会が主催
最も創造的業績を遂げた者が対象
菊池寛賞(答)

連想
ある作家の名を冠した文学賞
1938年に制定され、戦後に復活
日本文学振興会が主催
「文藝春秋」に発表
菊池寛賞(答)

松本清張賞(まつもとせいちょうしょう)は、松本清張の業績を記念して、各年の良質な長篇エンターテインメント小説を表彰する(第11回以降。第10回以前に関しては後述。)公募の文学賞。公益財団法人日本文学振興会が主催、文藝春秋が運営する。
>選考会は各年4月に開催され、受賞作は『オール讀物』6月号誌上で発表される。贈呈式は6月に開催され、受賞者には正賞として時計、副賞として500万円が授与される。また、受賞作は文藝春秋から単行本として刊行される。
第1回(1994年)から第5回(1998年)までは短編を募集していたが、第6回(1999年)からは長篇作品を募集している。また、当初は「広義の推理小説又は、歴史・時代小説」を対象にしていたが、第11回(2004年)以降は「ジャンルを問わぬ良質の長篇エンターテインメント小説」を対象としている。
2016年現在の選考委員は石田衣良、角田光代、中島京子、葉室麟、三浦しをんの5名。
引用元:松本清張賞 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E6%9C%AC%E6%B8%85%E5%BC%B5%E8%B3%9E

葉治 英哉(はじ えいさい、1928年7月18日[1] – 2016年2月29日)は、日本の小説家。本名は奥山英一(おくやま えいいち)[2]。
>青森県出身。八戸市在住。青森師範学校中退。 法政大学文学部日本文学科卒業。1957年「農婦トヨ」で第1回東奥小説賞(佳作2席)受賞。1989年「戊辰牛方参陣記」で第37回地上文学賞受賞。1994年「(またぎ)物見隊顛末」で第1回松本清張賞受賞(「またぎ」は「犭+又」) 。
2016年2月29日死去[2]。87歳没。
引用元:葉治英哉 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%91%89%E6%B2%BB%E8%8B%B1%E5%93%89


マタギ物見隊顛末
著者 :葉治 英哉
>新人物往来社刊行
「われら十八人は斗内マタギ物見隊と仰せ出され、頭取児玉様配下と決まった。仕事は先鋒、嚮導物見の者、兼ねて鉄砲打方である」統領の長五郎が一統の者に告げた……(本文より)慶応4年の夏、南部藩の秋田攻めを前に、統領から秋田マタギとの顔つなぎを命じられ、敵領に潜入した大蔵、与吉、多作の3人は、味方の降伏を知らずに敵兵を撃ち殺してしまった……。第1回松本清張賞に輝く表題作ほか、東北を舞台に戊辰戦争に巻き込まれた名もなき男たちの悲哀を諧謔味あふれるタッチで描いた「戊辰牛方参陣記」(第37回地上文学賞)と「勝手方救援隊」の2篇を収録。
引用元:マタギ物見隊顛末|中経出版 http://www.chukei.co.jp/s_bunko/detail.php?id=9784404039064

山本周五郎賞(やまもとしゅうごろうしょう)は、日本の文学賞。
>主に大衆文学・時代小説の分野で昭和期に活躍した山本周五郎にちなみ、すぐれた物語性を有する小説・文芸書に贈られる文学賞である。主催は新潮文芸振興会、後援は新潮社。
長年にわたり新潮社が開催した日本文学大賞の後継イベントとして、純文学を主とする三島由紀夫賞とともに1988年に創設された。略称は主に「山本賞」や「山周賞」(「山本賞」という名称の賞は他のジャンルにも存在しているので区別するため)と呼ばれている。
>ちなみに、山本周五郎は、直木三十五賞において授賞決定後に辞退をした史上唯一の人物である(第17回『日本婦道記』にて)。
引用元:山本周五郎賞 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E6%9C%AC%E5%91%A8%E4%BA%94%E9%83%8E%E8%B3%9E

三島由紀夫賞(みしまゆきおしょう)は、作家・三島由紀夫の業績を記念し新潮社の新潮文芸振興会が主催する文学賞[1]。略称は「三島賞」。新潮社は新潮社文学賞(1954-1967年)、日本文学大賞(1969-1987年)を主催してきたが、それに代わるものとして、三島没後17年の1987年(昭和62年)9月1日に創設され[1]、翌1988年(昭和63年)に選考・授与が開始された[2]。
三島由紀夫は新潮社と付き合いが深く、『愛の渇き』『潮騒』をはじめ、書き下ろしの小説を何冊も出し、晩年は『豊饒の海』四部作を雑誌『新潮』に連載した。没後は新潮社から全集が出され、小説と戯曲の多くが新潮文庫に収録された。新潮社が芥川賞・直木賞と同種のカテゴリーを要求しつつ新しい才能を求めるべく打ち出したのが、三島由紀夫賞と山本周五郎賞である。
引用元:三島由紀夫賞 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%B3%B6%E7%94%B1%E7%B4%80%E5%A4%AB%E8%B3%9E

大藪春彦賞(おおやぶはるひこしょう)は、大藪春彦賞選考委員会が主催し、徳間書店が後援する大藪春彦を記念した文学賞[1]。ハードボイルド小説・冒険小説に分類される小説に与えられる。賞金は500万円。略称は大藪賞。
本賞が第20回を迎えるのを記念し、大藪春彦新人賞が創設される[2]。
引用元:大藪春彦賞 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%97%AA%E6%98%A5%E5%BD%A6%E8%B3%9E

直木三十五賞(なおきさんじゅうごしょう)は、無名・新人及び中堅作家による大衆小説作品に与えられる文学賞である。通称は直木賞。
かつては芥川賞と同じく無名・新人作家に対する賞であったが、現在では中堅作家が主な対象とされていて、ベテランが受賞することが多々ある[1]。
>文藝春秋社社長の菊池寛が友人の直木三十五を記念して1935年に芥川龍之介賞(芥川賞)とともに創設し、以降年2回発表される。
授賞する作品は選考委員の合議によって決定される。第6回から、財団法人日本文学振興会により運営されている。第二次世界大戦中の1945年から一時中断したが、1949年に復活した。
2016年現在の選考委員は、浅田次郎、伊集院静、北方謙三、桐野夏生、高村薫、林真理子、東野圭吾、宮城谷昌光、宮部みゆきの9名(2014年上半期以降)。選考会は、料亭・新喜楽の2階で行われる(芥川賞選考会は1階)。芥川賞と直木賞の受賞者記者会見とその翌月の授賞式は、ともに東京會舘で行われてきたが、同館の建て替えにともない現在は帝国ホテルで行われている。
受賞者には正賞として懐中時計、副賞として100万円が贈呈され、受賞作は『オール讀物』に掲載される。 なお、複数の受賞者がいる場合でもそれぞれに商品と100万円の賞金が贈呈される。
引用元:直木三十五賞 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%B4%E6%9C%A8%E4%B8%89%E5%8D%81%E4%BA%94%E8%B3%9E

芥川龍之介賞(あくたがわりゅうのすけしょう)、通称芥川賞は、純文学の新人に与えられる文学賞である。文藝春秋社内の日本文学振興会によって選考が行われ、賞が授与される。
>大正時代を代表する小説家の一人・芥川龍之介の業績を記念して、友人であった菊池寛が1935年に直木三十五賞(直木賞)とともに創設し以降年2回発表される。第二次世界大戦中の1945年から一時中断したが1949年に復活した。新人作家による発表済みの短編・中編作品が対象となり、選考委員の合議によって受賞作が決定される。受賞者には正賞として懐中時計、副賞として100万円(2011年現在)が授与され受賞作は『文藝春秋』に掲載される。
選考委員は小川洋子、奥泉光、川上弘美、島田雅彦、高樹のぶ子、堀江敏幸、宮本輝、村上龍、山田詠美、吉田修一の10名(2016年下半期から)。選考会は、料亭『新喜楽』の1階で行われる(直木賞選考会は2階)。受賞者の記者会見とその翌月の授賞式は、長く東京會舘で行われていたが、同館の建て替えにともない現在は帝国ホテルで行われている。
引用元:芥川龍之介賞 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%A5%E5%B7%9D%E9%BE%8D%E4%B9%8B%E4%BB%8B%E8%B3%9E

菊池寛賞(きくちかんしょう)は、日本文学振興会が主催する、文芸・映画など様々な文化分野において業績をあげた個人や団体を表彰する賞。
もとは菊池寛の提唱で、先輩作家の業績をたたえ、敬意を表すために1938年に制定されたもの。46歳以上の作家が表彰対象となり、数え45歳未満の作家が選考委員を務めた。これは6回で中止となったが、菊池が没したのを機に1952年に復活。そのとき受賞対象が文芸以外の分野に広げられた。
正賞として時計、副賞として100万円が授与される。
引用元:菊池寛賞 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%8A%E6%B1%A0%E5%AF%9B%E8%B3%9E