「褞袍」どてら

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冬に着ると
あったかいものです
褞袍
どてら(答)
60%

大きめに作り、綿を厚く入れた広袖の着物。防寒・寝具用。主に男子が用いる。丹前 (たんぜん) 。《季 冬》「星移り物変り―古びけり/草城」
引用元:どてら【褞袍】の意味 – goo国語辞書 http://dictionary.goo.ne.jp/jn/159551/meaning/m0u/

どてら【どてら(褞袍)】

防寒用の和服の部屋着。男物が主だが,子ども物もあった。長着よりも大きめに仕立てた厚綿入れで,広袖,襟に黒繻子,綿ビロードの掛襟をする。ててら(労働用の短いじゅばん)の転化したもので,太ててらの類。江戸時代木綿や絹紬で作り,長着の上に引っかけて着た。職人などは絹紬のどてらに六尺帯を締めて外出した。夜着にも用いたところから丹前と搔巻(かいまき)の中間的存在と考えられる。【山下 悦子】
引用元:どてら(褞袍)(どてら)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E3%81%A9%E3%81%A6%E3%82%89(%E8%A4%9E%E8%A2%8D)-1190063

以下、「はんてん」「綿いれ」「丹前」「どてら」「ちゃんちゃんこ」の違いを解説します。

【はんてん(半纏、半天)】
職人(昔の大工・鳶・火消しなど)や祭り人が纏う、上っ張りのこと。
ただ羽織るか、細帯で腰に結び締めることで止めるものであり、前で結ぶための紐は付いていません。

【綿入れ】
内部に綿を厚く入れた着物のこと。

【たんぜん(丹前)、どてら(褞袍)】
広袖の綿入れは、関西では「たんぜん(丹前)」、関東では「どてら(褞袍)」と呼ばれ、元々は風呂上がりに浴衣の上から着る防寒用の室内着のことでした。
本来は男物で、丹前風呂(湯女風呂の一種)の遊客の風俗として、江戸は吉原から起こった(湯女・勝山の考案と伝えられる)とされています。
しかし今日では、半纏に綿を厚く入れた「綿入れ半纏」をも「丹前」「どてら」と呼んでおり、むしろこちらが一般的に知られるものとなりました。
後世に普及したほうの「丹前」「どてら」は、半纏とは違い、羽織のように前で結ぶための紐が付いているのが特徴です。
引用元:ドテラって何ですか? – 西日本で言う「丹前」の… – 一般教養 | Yahoo!知恵袋 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1029579395

江戸時代には法被と半纏は別物でしたが今日では法被を「ハッピ」と称し印半纏や祭半纏と同じ物を指しているようです。印半纏のデザインにはパターンがあり、その半纏を見ればどこの商店、職人、どこの組の火消しかとか一目でわかるようにというものであったそうです。背中に屋号や家紋などの大紋を染め抜き、腰には文字を図案化した腰字や白線、波型、吉原つなぎ、松葉模様といった伝統的に洗練された腰柄やお店独自の図柄をいれました。衿にはお店名や組の名称を染め抜きました。

「はんてん」という言葉の由来ですが商家の丁稚奉公のために一反の生地で二着作ったことから「はんたんもの(半反物)」という作業着が作られていました。「はんたんもの」はあくまで作業着で古着であり屋号などは染め抜かれていませんでした。

武家社会の法被の染色技術の発展に伴い、その技術を用いて商人用として屋号を染め抜いた「印半纏」が誕生しました。商人や職人たちの所謂「ユニホーム」になってより発展して行きます。お店の「印半纏」を着る事は、現代風に言えば、会社の名刺と社章と社員証であり、信用であり、背中に屋号というロゴマークを背負った広告宣伝でもあったと思われます。お店の屋号入りの印半纏は質入れする事が出来るほどの重要なシンボル的存在だったそうです。

なお、漢字ついては「半天」「半纏」「袢天」「袢纏」など色々説があるようです。どの文字が正しいかは定かではありません。はんたんもの(半反物)から転じて「半天」になった、半分、身に纏うという意味から「半纏」という文字を使うようになったなどという説があります。

現代では、法被のことを「ハッピ」表記することが多く半纏とハッピには明確な区別はなく使っているようです。あえて言えば、カタカナで「ハッピ」といった時は、企業のイベントやキャンペーン用で、半纏というときは祭礼用や昔ながらの印半纏などを指すような傾向があります。
引用元:旗・暖簾・はっぴ等の歴史・由来|世界の国旗や旗の歴史・由来・話題などの情報満載 お役立ちサイト http://tospa-flags.com/hatanorekisi.html#happi