「アクアポリス」沖縄海洋博「海-その望ましい未来」

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1975年の沖縄国際海洋博覧会で
建設されたこの海上都市は?
アクアポリス(答)
38%

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パレードで、人や展示物を乗せて
低速で行進する車や山車のことを
何という?
フロンデカ
-ルシトコ
フロート(答)

キューブ
洋上空港としての利用も期待される巨大な人工の浮島
メガフロート(答)


1975年から翌年にかけて開催された沖縄海洋博のテーマは「海-その○○○○○○」?
のぞましいみらい(答)
望ましい未来

アクアポリス (Aquapolis) は、沖縄国際海洋博覧会(海洋博、1975年7月19日 – 1976年1月18日)で日本政府が出展した[1]「半潜水型浮遊式海洋構造物」である。
世界初の海上実験都市として、また未来の海上都市をイメージして建造された構造物で、海洋博のシンボルとしてメイン会場ともなった。
プロデューサーは手塚治虫。設計は菊竹清訓建築設計事務所、日本海洋開発産業協会。半潜水型浮遊式という構造をなすことから「世界でも例を見ない」施設として当時注目されていた。

>沖縄国際海洋博覧会の日本政府出展物として、博覧会のテーマである「海-その望ましい未来」を具現するシンボル的存在の建造物として建設された。(社)日本海洋開発産業協会の基本設計[2]、菊竹清訓建築設計事務所の設計の元、1973年(昭和48年)10月から1975年(昭和50年)2月にかけて、広島県広島市中区江波沖町の三菱重工広島造船所江波工場(現・三菱重工広島制作所江波工場)で本体部分が建造された。アクアポリスは自力で航行する推進力を持たないことから、4月18日から3隻のタグボート(瀬戸内海の佐田岬までは補助引き舟2隻・警戒船2隻が同行)で平均5ノットという低速で沖縄本島・備瀬崎の会場沖まで曳航された。内部工事や艤装工事は5月に完了した。
引用元:アクアポリス – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%82%A2%E3%83%9D%E3%83%AA%E3%82%B9

沖縄国際海洋博覧会(おきなわこくさいかいようはくらんかい)は、沖縄県の本土復帰記念事業として沖縄県国頭郡本部町で183日間の会期(1975年7月20日 – 1976年1月18日)をもって行われた国際博覧会(特別博)[1]。略称は「沖縄海洋博」「海洋博」など。

「海-その望ましい未来」を統一テーマとし[1]、日本を含む36か国と三つの国際機関が参加した。会場規模は、100万m2(うち陸域75万m2、海域25万m2)であった[1]。期間中は県内の至る所に「めんそーれ沖縄」と書かれた歓迎の垂れ幕類が立っていた。
引用元:沖縄国際海洋博覧会 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%96%E7%B8%84%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E6%B5%B7%E6%B4%8B%E5%8D%9A%E8%A6%A7%E4%BC%9A