「1966」マイカー元年 東京モーターショーで「サニー」と「カローラ」

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日産からサニー、トヨタから
カローラが発表されたことから
「マイカー元年」と呼ばれた
のは西暦何年?
1964年
1968年
1970年
1966年(答)

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サニーレタスは
自動車の「サニー」から
名付けられた
○(答)


ハネムーンサラダといえばある料理だけを用いた料理ですが、その野菜は何?
レタス(答)
「レタスアローン」から「Let us alone」
引用元:レタス「乳草」「萵苣ちしゃ」 エンダイブ「ニガヂシャ」「キクヂシャ」 「キャベツ畑人形」 アブラナ科「白菜」「キャベツ」 サニーレタス「日産サニー」から ハネムーンサラダ「レタスだけのサラダ」から「Let us alone」 | わかればいいのに I wish I knew http://seethefun.net/%e3%83%a9%e3%82%a4%e3%83%95%e3%82%b9%e3%82%bf%e3%82%a4%e3%83%ab/10104/

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1968年に発売開始
いすゞの自動車
ジウジアーロがデザイン
日本初の電子制御エンジン
サバンナ
コスモスポーツ
117クーペ(答)
ベレット


次のトヨタの自動車のうち
現在も製造・販売されている
ものを全て選びなさい
カローラ(答)
クラウン(答)
カムリ(答)「冠(かんむり)」由来
カリーナ
コロナ

ゴロ。トヨタの「冠(かんむり、クラウン・カムリ)はカローラ」

サニーとカローラが顔をそろえ、マイカーブームに。

第13回ショーの1966年は、のちに「マイカー元年」と呼ばれるようになる。日本の本格的なモータリゼーションの起爆剤となった、日産・サニーとトヨタ・カローラがこのショーで顔を合わせた。加えて各社の800〜1000cc車が勢ぞろいして大衆乗用車時代の幕明けとなったからである。この大衆車の下支えとなった軽乗用車にもリバイバル人気が芽生えた。ホンダのN360とダイハツ・フェロー、スズキ・フロンテ360などがともに高性能を発揮、軽乗用ユーザーから見直されるようにもなる。特筆すべきもうひとつは、ニッサン・プリンス・ロイヤルと呼ばれる国産乗用車の御料車(皇室専用のリムジン)が展示されたこと。巨大なボディとエンジンに観衆は圧倒された。
引用元:歴史 第13回 | TOKYO MOTOR SHOW WEB SITE http://www.tokyo-motorshow.com/history/13.html

117クーペ(117Coupe )は、いすゞ自動車が生産していた乗用車である。
流麗なデザインを備えた4座クーペであり、1970年代の日本車を代表する傑作の一つに数えられる。1968年に発売されて以来、長期にわたり生産され、長くいすゞのフラグシップを務めた。
>コンセプト、デザイン、パッケージ、スタイリングはカロッツェリア・ギアに委託され、当時のチーフデザイナーであったジョルジェット・ジウジアーロが担当した。その後ジウジアーロはギアを退社して独立、イタルデザインを立ち上げたが関係は続き、量産指導はイタルデザインの初仕事となった[1]。最初期のプロトタイプであるギア/いすゞ117スポルトは1966年3月のジュネーヴ・モーターショーで発表され、同ショーのコンクール・デレガンスを獲得した。その後イタリアで開催された国際自動車デザイン・ビエンナーレに出品され、名誉大賞を受賞している。
>技術的にも日本で初めて電子制御燃料噴射装置を搭載するなどエポックを持つ車であり、4座のラグジュアリークーペとしてのカテゴリを確立した車でもあった。
さらに特筆すべき点として、本車は発売開始以来の10年間に1台も廃車が出なかったとの業界記録を持つ。長期生産にもかかわらず総生産台数は86,192台に過ぎないが、今日なお日本の旧車趣味界での人気は根強く、多くの愛好家によって保有・維持されている。
引用元:いすゞ・117クーペ – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%84%E3%81%99%E3%82%9E%E3%83%BB117%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%9A