【岩手大学】心臓標本

産駒にカブトヤマ、フレーモア
がいる昭和初期の種牡馬
シアンモア(答)
20%


中央競馬のレース・オークスの
第1回優勝馬です
アステリモア(答)

線結び
次の中央競馬で「八大競走」のひとつに数えられるレースと第1回のレースで優勝した馬の正しい組み合わせを選びなさい
桜花賞───ソールレディ
日本ダービー───ワカタカ
オークス───アステリモア

シアンモア(Shian Mor)は、昭和初期から中期(1930年代から1950年代)の日本を代表するサラブレッド種牡馬である。

経歴
現役時代は2歳時にモールコームステークス(現英G3)に優勝し、エプソムダービーでは3着に入っている。1927年(昭和2年)に日本へ輸入され、岩手県雫石の小岩井農場で種牡馬となった。

産駒がデビューした1932年は、小岩井農場のライバル下総御料牧場が導入したトウルヌソルの産駒デビュー年と同じであり、東京優駿大競走がスタートした年でもある。第1回はトウルヌソル産駒のワカタカが勝ち、シアンモア産駒のオオツカヤマが2着。二大種牡馬の時代の到来を予感させた。実際、1933年カブトヤマ、1934年フレーモア、1935年ガヴァナーとシアンモア産駒が東京優駿大競走を3年連続で制覇した。なお、1934年は3着まで、翌1935年は2着もシアンモア産駒が入っている[1]
引用元:シアンモア – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%A2%E3%82%A2

2008年度の岩手競馬馬事文化賞を受賞した岩手大学ミュージアム標本室が、受賞記念に4月6日から10日まで一般公開しているというので見学させてもらった。

岩手競馬に冠レースに名を残すシアンモアの心臓が残っている。名馬が死んだとき、政府関係者が訪れて全部引き取ると言い張ったという。皮から骨まで解体して持ち帰った。そのとき、要らないと言われたのが心臓だったというのが、沼宮内さんの解説。心臓をホルマリン漬けにして保存した。5300グラム。他の馬の2倍はある大きな心臓だった。それゆえに名馬なのだと沼宮内さん。標本室では心臓肥大の標本に分類されている。
 産駒のカブトヤマなどが日本ダービーを制覇。スペシャルウイークもシアンモアの血をひく。
引用元:岩手競馬それからの写真集 https://iwatekeiba.exblog.jp/d2009-04-09/

睡眠不足人さん [3] 睡眠不足人さん
現役時は英で14戦4勝、英ダービー3着程度で目立つ馬ではありませんでしたが、
日本へ来るや否や、カブトヤマ(東京優駿、産駒のマツミドリで日本初の親子二代ダービー制覇を達成)、クリヒカリ(旧名アルバイト、皐月賞&天皇賞秋)、ガヴァナー(東京優駿),アステリモア(優駿牝馬、当時は阪神2700m),ハクセツ(帝室御賞典・横浜)を輩出。
その他にも帝室御賞典馬を挙げれば枚挙に暇がないほどのスーパーサイアーだったようです。
2006/3/19 17:10

[2] シルフィードさん
この前シアンモアの心臓標本を見てきました。東北にあるI大学の標本室にて。
とても形が良く美しいのですが、重量が通常のサラブレッドの2倍もあり、「心臓肥大?」と思わせる点もありました。
すぐそばにシアンモアの写真(カッコイイv)や種牡馬成績など、標本室にやってきた当時の校内新聞の記事が展示されています。
2005/6/30 0:02
引用元:シアンモアの掲示板 | 競走馬データ – netkeiba.com https://db.netkeiba.com/?pid=horse_board&id=000a0002f9

アステリモアとは、1938年から1940年にかけて日本で活躍したサラブレッド種の競走馬。阪神優駿牝馬(後の優駿牝馬)の初代勝ち馬である。

父 シアンモア
母 アステリヤ
引用元:アステリモア – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AA%E3%83%A2%E3%82%A2