川邉忠義【河野博文】初の人的補償

次のプロ野球選手と
FA移籍した際に
人的補償となった選手の
正しい組み合わせを選びなさい
野口茂樹───小田幸平
豊田清───江藤智
小久保裕紀───吉武真太郎
新井貴浩───赤松真人
石井一久───福地寿樹
59%

フリーエージェント(free agent, FA)とは、NPBにおける国内FA及び海外FAの総称である。[1] 国内FAとは、NPBが定める国内FA資格条件を満たし、この組織のいずれの球団とも選手契約を締結する権利を有する選手をいい、海外FAとは、NPBが定めるFA資格条件を満たし、外国のいかなるプロフェッショナル野球組織の球団をも含め、国内外のいずれの球団とも選手契約を締結する権利を有する選手をいう。

選手はFA宣言したうえで移籍せずに前所属球団と契約することもできる。栗山巧や中村剛也のように残留宣言の際に敢えて権限を行使したケースもある。FA移籍が成立した場合、一定の条件下で移籍先球団から移籍元球団へ金銭補償や人的補償が必要になる場合がある。現行制度では、外国人を除く年俸上位11位以下の選手(Cランク)のFA移籍においては補償は不要である。

日本におけるFA制度は1993年のオフに導入され、2003年、2008年に改正が行われた。なお、この制度の前身として1947年から1975年まで10年選手制度があった。

移籍に関わる補償
FA権を行使して他球団へ移籍したFA選手が補償対象選手(後述)の場合、移籍先球団は前球団に対して選手の旧年俸による”’金銭補償”’、および移籍先球団が保有する支配下選手のうち下記の選手を除いた中から、前球団が指名した選手1名を与える”’人的補償”’をしなければならない。[2]人的補償に指名された選手がこれを拒否した場合、その選手は資格停止選手となる。この場合と前球団が人的補償を求めない場合は追加の金銭補償をする。[3]

人的補償における獲得制限
以下の選手は人的補償選手として獲得する事ができない。

プロテクトした28名の選手[注 1]
FA権取得により外国人枠の適用外になった選手を含む外国人選手
直近のドラフトで獲得した新人選手(本契約がFA期間も過ぎた11月以降となり、そもそも保有選手ではない)
複数年契約中やトレードなどで保有選手になった日本人選手もプロテクト枠に含まれなければ人的補償の対象になる。

複数名のFA宣言選手と契約した場合には、それぞれの球団に異なる獲得可能選手リストを提示できる。万一、人的補償選手が複数の球団で重複した場合には、移籍先球団と同一連盟内の球団が優先される。同一連盟内であれば同年度の勝率が低い球団が優先される。

2005年 野口茂樹 中日ドラゴンズ 読売ジャイアンツ 小田幸平
豊田清 西武ライオンズ 読売ジャイアンツ 江藤智 人的補償が初の過去FA移籍入団選手
2006年 小久保裕紀 読売ジャイアンツ 福岡ソフトバンクホークス 吉武真太郎 過去所属球団へ復帰した初のFA移籍
小笠原道大 北海道日本ハムファイターズ 読売ジャイアンツ 金銭
門倉健 横浜ベイスターズ 読売ジャイアンツ 工藤公康 FA補償選手が過去FA移籍入団選手
2007年 新井貴浩 広島東洋カープ 阪神タイガース 赤松真人
和田一浩 西武ライオンズ[25] 中日ドラゴンズ 岡本真也
石井一久 東京ヤクルトスワローズ 埼玉西武ライオンズ[25] 福地寿樹 MLBからNPBへ復帰した後、NPBの他球団へFA移籍した初の選手
引用元:フリーエージェント (日本プロ野球) – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%83%88_(%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%83%97%E3%83%AD%E9%87%8E%E7%90%83)

川邉 忠義(かわべ ただよし、1968年4月30日 – )は、秋田県秋田市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。

1994年までの登録名は川辺 忠義(読み同じ)。

1987年に社会人野球の川崎製鉄千葉へ入社、1989年全日本メンバーに選出、日本対キューバ野球選手権、IBAFインターコンチネンタルカップ、アジア野球選手権大会に出場、1989年度ドラフト会議で読売ジャイアンツから2位指名を受けて入団。人の名前を覚える気がない長嶋茂雄監督から「ワタナベくん」「ワタベくん」「オカベくん」とブルペンで呼ばれ続けた。

1995年オフ、日本ハムファイターズの河野博文がFA権を行使して巨人と契約。「人的補償」として川邉が選ばれ、川邉は一軍未出場のまま日本ハムへ移籍することになった。1993年に導入されたFA制度で、人的補償による移籍第1号である[1]。
引用元:川邉忠義 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%9D%E9%82%89%E5%BF%A0%E7%BE%A9