Jérôme d’Ambrosio

2011年にF1デビュー
小林可夢偉とGP2で同じチームに
ベルギー人
ヴァージンからF1へ
パストール・マルドナド
ジェローム・ダンブロシジオ(答)
ニコ・ヒュルケンベルグ
ブルーノ・セナ
38%

ジェローム・ダンブロシオ(Jérôme d’Ambrosio, 1985年12月27日 – )は、ベルギー・ブリュッセル首都圏地域エテルベーク出身のレーシングドライバー。フジテレビF1中継など一部のメディアではダンブロジオとも表記されている。また、ラストネームだけを読むならばアンブロシオとなる(”d'”はミドルネーム)。

2008年、2009年はDAMSよりGP2、GP2アジアシリーズに参戦していた。チームメイトは小林可夢偉。2008年-2009年シーズンのGP2アジアシリーズでは小林に次ぐシリーズランキング2位の成績を残した。また、GP2では2008年にランキング11位、2009年に9位といずれも小林を上回る成績を残した。

2011年はヴァージンにスポンサーを持ち込み、セカンドドライバーとして参戦。開幕戦オーストラリアグランプリの予選では、107%ルールをギリギリでクリアして22番手から出走し、決勝は4周遅れながらも14位で完走を果たした。第2戦マレーシアグランプリではリタイアを喫したものの、続く第3戦中国グランプリでは、予選でチームメイトのティモ・グロックを上回る21番手からスタート。決勝も20位で同じくグロックよりも前で完走した。第5戦スペイングランプリ前には持ち込んだスポンサーの支払いが滞り、シート喪失の可能性があったが、マネジメントを行うグラビティスポーツマネジメントが代金を肩代わりし、この後シーズン終了までシートを脅かされることはなくなった。予選ではチームメイトのグロックに対して4勝15敗と差を付けられるも、決勝ではグロックと遜色ない速さを見せ、ランキングはグロックを上回る24位であった。しかし翌年のシートを確保する資金が足りず、この年限りでヴァージンのシートを失う事になった。
引用元:ジェローム・ダンブロシオ – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%80%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%AA