【西武、ヤクルト】

西武ライオンズの黄金時代を
築いた選手・辻発彦が現役を
引退した時に所属していた
セ・リーグの球団は?
広島

ヤクルト(答)
中日
巨人
62%

辻 発彦(つじ はつひこ、1958年10月24日 – )は、佐賀県小城市牛津町出身の元プロ野球選手(内野手、右投右打)。愛称はハツ、はっちゃん。二塁手として歴代最多となる8度のゴールデングラブ賞を受賞している。2017年より埼玉西武ライオンズの監督を務める。

長男は、パチスロライターとして活動している辻ヤスシ(本名:辻泰史)[1][2]。

選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 二塁手
プロ入り 1983年 ドラフト2位
初出場 1984年4月3日
最終出場 1999年10月14日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

選手歴
佐賀県立佐賀東高等学校
日本通運
西武ライオンズ (1984 – 1995)
ヤクルトスワローズ (1996 – 1999)

監督・コーチ歴
ヤクルトスワローズ (2000 – 2001)
横浜ベイスターズ (2002 – 2004)
中日ドラゴンズ (2007 – 2011, 2014 – 2016)
埼玉西武ライオンズ (2017 – )

選手としての特徴[編集]
打撃[編集]
辻は社会人野球では4番を務めたが、西武ではAKD砲の脇を固めるつなぎ役(1980年代は主に9番、1990年代に入ってからは主に1番)となり、首位打者も獲得している。

1kg以上もある重いバットを短く持ち、気持ちで打ちに行くタイプだったと自ら評価している[27]。実際、ヤクルト在籍時に監督の野村克也から狙い球の絞り方や、カウントに応じた対処法といった頭を使う部分をミーティングで伝えられたが、上手く理解できず、そのことを正直に話したところ「お前には必要ないわ!」と言われたことがある[28]。

ヤクルト在籍時に当時の野村監督が嘆いたほどバントは苦手で、バントの代わりとしてインコースでも右方向にゴロを打てる技術を磨いた[29]。

守備[編集]
辻は、二塁手として歴代最多の8度のゴールデングラブ賞を受賞し守備は日本プロ野球史上でも屈指のレベルに有る。守備の際は投手が打ち取った当たりを安打にせず確実にアウトを取ることが野手の責任と考え[31]、基本的には浅めに守っていた[17]。前方の弱いゴロへのダッシュなどは、三塁手時代の経験が活かされたという[17]。ゴロについては「とにかく前にでて取りに行く」スタンスの持ち主である。理由は「ボールがバウンドする数が減るほどイレギュラーの確率が下がるから」で、今も自身が守備を指導するときは必ずそう説く。
引用元:辻発彦 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BE%BB%E7%99%BA%E5%BD%A6