かい【海】

背番号は「62」
近江高校から阪神へ入団
スイッチヒッター
2018年に19盗塁
原口文仁
植田海(答)
山崎憲晴
木浪聖也
72%

植田 海(うえだ かい、1996年4月19日 – )は、阪神タイガースに所属する滋賀県甲賀市出身のプロ野球選手(内野手、外野手)。右投両打。

2018年には、前年に続いて一軍の春季キャンプに参加した後に、プロ入り後初めて開幕一軍入りを果たした[24]。開幕当初は代走や遊撃の守備要員であったものの[25]、4月29日の対広島東洋カープ戦(マツダスタジアム)で「2番・遊撃手」としてシーズン初のスタメン出場[26]。正二塁手の上本博紀が故障で戦線を離脱した5月中旬[27]以降は、それまで主に遊撃を守っていた糸原健斗が二塁へ回ったことなどを背景に、「1番・遊撃手」としてのスタメン起用が続いた[28]。5月30日の対福岡ソフトバンクホークス戦(甲子園)では、1回裏に二盗を成功。阪神の高卒4年目以内の選手としては、1993年の新庄剛志(当時は高卒4年目)以来25年振りに、一軍公式戦でシーズン10盗塁を記録した[29]。6月下旬以降は、2016年の正遊撃手だった北條史也が打撃の好調を背景にレギュラーの座を奪回したことや、自身の打撃が低迷したことからスタメン起用の機会が減少。8月26日の対巨人戦(東京ドーム)からは、3試合で外野の守備に就いた[30] [31]。9月5日の対広島東洋カープ戦(マツダスタジアム)では、9回表1死2・3塁の打席で一塁ゴロを放ったところ、三塁走者の俊介が本塁へ生還。一軍公式戦初打席から215席目にして初打点を挙げた。ちなみに、初打点を記録するまでに要した打席数は215[32]で、柳沢裕一が保持していたNPB記録(167打席)を上回った。一軍公式戦全体では、104試合の出場で、打率.192ながらチーム2位の19盗塁をマーク。秋季キャンプでは、「守備のオプションを増やす」という矢野燿大新監督の構想[33]を背景に、本職の二塁・遊撃に加えて外野守備の練習にも本格的に取り組んでいる[34]。

2019年には、一軍公式戦の開幕から、主に代走や遊撃の守備固めに起用。代走から出場した6月12日の対ソフトバンク戦(福岡ヤフオク!ドーム)では、8回表1死2塁で迎えた打席で、前年7月までのチームメイトだった右投手の松田遼馬から左打席で公式戦初本塁打を放った[35]。

人物[編集]
「海(かい)」という名前は、「誰にでも覚えてもらいやすく、海外でも通用しそうで、小学生から漢字で書けるような名前にしたい」という両親の希望による[2][43]。阪神への入団直後には、『海 その愛』(加山雄三)など、「海」にちなんだ楽曲を主催試合での登場曲に使うことも検討していた[43]。

阪神への入団を機に、独身寮の「虎風荘」で生活。故郷・甲賀市の名産品が信楽焼であることから、入寮の際には、阪神の帽子や(ホーム用ユニフォーム風の)縦縞柄の布をまとったタヌキの置物を持ち込んだことで報道陣に注目された[44]。
引用元:植田海 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A4%8D%E7%94%B0%E6%B5%B7

原口 文仁(はらぐち ふみひと、1992年3月3日 – )は、阪神タイガースに所属する埼玉県大里郡寄居町出身のプロ野球選手(捕手、内野手)。右投右打。

2019年、春季キャンプのスタートを二軍で迎える予定だったが、キャンプイン直前の1月24日に、大腸がんを患っていることを自身のtwitter公式アカウントと球団を通じて公表[45]。前年末に受診した人間ドックで判明したもので、シーズン中に実戦へ復帰することを目標に、患部の手術を受けたうえで治療に専念することを明らかにした[46]。同月下旬の手術[47](詳細後述)、2月上旬の退院、リハビリ[48]などを経て、5月8日に中日とのウエスタン・リーグ公式戦(阪神鳴尾浜球場)8回裏に代打で実戦復帰を果たした[49]。この試合から同リーグの公式戦18試合へ出場すると、「4番・指名打者」に起用された6月2日の対ソフトバンク戦(春日総合運動公園野球場)で復帰後初本塁打を記録した(詳細後述)[50]。セ・パ交流戦が開幕した6月4日にシーズン初の出場選手登録を果たすと、当日の対ロッテ戦(ZOZOマリンスタジアム)9回表1死3塁の局面で代打に起用。ジョシュ・レイビンから左翼フェンスを直撃する適時二塁打を放った[51]。6月9日の対日本ハム戦(甲子園)でも、3 – 3の同点で迎えた9回裏2死1・2塁の場面で代打に起用されると、秋吉亮からサヨナラ安打を記録[52]。このサヨナラ安打で、同月のセ・リーグサヨナラ賞を受賞した。代打での活躍に加えて、交流戦の期間中に指名打者としてのフル出場や[53]や捕手としての起用も経験したこと[54]を背景に、オールスターゲームにもセ・リーグの「プラスワン投票」(詳細後述)得票数1位で2年振りに出場。7月12日の第1戦(東京ドーム)9回裏2死1塁に代打で2点本塁打[55]、「7番・指名打者」としてスタメンに起用された翌13日の第2戦(甲子園)2回裏の第1打席でソロ本塁打を放ったことによって、2試合にわたりながらも2打席連続本塁打を記録した[56]。一軍の公式戦でも、8月4日の対広島戦(マツダ)5回表2死1塁で代打に起用されると、九里亜蓮が投じた初球で復帰後初本塁打を放っている[57]。
引用元:原口文仁 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E5%8F%A3%E6%96%87%E4%BB%81

山崎 憲晴(やまざき のりはる、1986年12月13日 – )は、静岡県富士市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。阪神タイガース所属。

2018年、春季キャンプを二軍で過ごしながら、オープン戦で12打数7安打1打点という好成績を残したことを背景に、開幕一軍入りを果たした[7]。4月7日の対中日戦(京セラドーム大阪)で3年振りの一軍公式戦出場を果たすと、同月14日の対ヤクルト戦(阪神甲子園球場)では、「2番・二塁手」として移籍後初めてスタメンに起用された。5月27日の対読売ジャイアンツ戦(甲子園)では、守備固めとしての途中出場から迎えた打席で、移籍後初安打・初打点を記録している[8]。7月上旬以降は一軍から遠ざかったものの、一軍公式戦全体では、32試合の出場で打率.222、2打点、3得点をマーク。DeNA時代から一転して、一塁の守備固めに起用されることが多く、一塁以外の守備に就いた試合は上記の対ヤクルト戦だけであった。
引用元:山崎憲晴 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E5%B4%8E%E6%86%B2%E6%99%B4

木浪 聖也(きなみ せいや、1994年6月15日 – )は、阪神タイガースに所属する青森県青森市出身のプロ野球選手(内野手)。

プロ入り後[編集]
2019年、新人では近本光司、齋藤とともに沖縄県宜野座村での一軍春季キャンプに参加[11]。北條史也、鳥谷敬らと正遊撃手を争う中で、キャンプ期間中の実戦全試合で安打を記録すると[12]、オープン戦では12球団最多の22安打を放ってオープン戦新人最多安打記録を更新するなど存在感を示し[13][14]、オープン戦終了時点で矢野燿大監督が開幕戦でのスタメン起用を明言するまでに至った[15]。実際に、開幕戦となった3月29日の対東京ヤクルトスワローズ戦(京セラドーム大阪)で「1番・遊撃手」として近本とともに開幕スタメン出場を果たした(後述)[16]。しかし、無安打に終わる試合が続きスタメン落ちも経験。4月12日の対中日ドラゴンズ戦(阪神甲子園球場)で代打出場しプロ入り後初安打を記録したが、初打席から実に18打席目での初安打であった[17]。同じく代打出場した同19日の対読売ジャイアンツ(巨人)戦(甲子園)では菅野智之から3点本塁打を放ちプロ初本塁打を記録[18]。その後再び出場機会を増やし6月下旬には7試合連続安打も記録したが[19]、夏場に入り徐々に攻守ともに精彩を欠くようになったことに加え[20]、チームの得点力不足を打開する狙いから7月7日に球団が内外野を守れるスイッチヒッターのヤンハービス・ソラーテを獲得したことなどもあり、7月26日にはソラーテなどと入れ替わる形でプロ入り後初めて出場選手登録を抹消された[21]。8月8日に再昇格し同16日にスタメン復帰すると[20][22]、8月の月間打率が.431を記録するなど好調であったことから4月以来の1番打者に抜擢され[23]、8月18日の対巨人戦(東京ドーム)から9月5日の対横浜DeNAベイスターズ戦(横浜スタジアム)までの13試合連続で安打を記録し、シーズン序盤に近本が記録していた球団新人記録に並んだ[24][25]。
引用元:木浪聖也 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%A8%E6%B5%AA%E8%81%96%E4%B9%9F