杉原輝雄【同一大会51年連続出場】

1983年に設立された
日本プロゴルフ選手会の
初代会長を務めた
プロゴルファーは?
尾本昌幸
倉原輝雄
杉嶋将司
杉原輝雄(答)
27%

不屈の精神で戦い続けた関西のドン
中学校卒業後に茨木CC(大阪府)に就職。洗濯係を経て研修生となり、1957年、20歳でプロテストに合格した。初優勝は1962年の日本オープン。小さな体で飛距離も出なかったが卓越した小技と粘り強いプレーで国内57勝を挙げ、1984年に設立された選手会の初代会長も務めた。1997年に前立腺がんの告知を受けたが投薬などでがんの進行を抑えながらプレーを続け、2006年のつるやオープンで68歳311日の最年長予選通過記録を樹立。2010年の中日クラウンズでは同一大会51年連続出場という世界記録を打ち立てた。
引用元:杉原 輝雄 | 日本プロゴルフ殿堂 http://www.golfdendou.jp/commendation/sugihara

杉原 輝雄(すぎはら てるお、1937年6月14日 – 2011年12月28日)は、大阪府茨木市出身のプロゴルファーである。約50年に渡って現役を続行してきた存在感の大きさから、日本プロゴルフ界のドンと呼ばれた。永久シード権獲得者である。

優勝回数は国内男子プロとしては尾崎将司、青木功に次ぐ歴代3位だが、ツアー施行後はいわゆる「AON時代」(青木、尾崎、中嶋常幸の3人の頭文字を取った呼称)に突入していたため、レギュラーツアーにおいて賞金王(賞金ランキング1位)を獲得したことがない。

経歴[編集]
1953年 – 中学卒業後、関西の名門クラブである茨木カンツリークラブに就職し、寺本金一らに師事しゴルフを始める。
1957年 – プロ転向。デビューは翌年の関西オープン
1962年 – 日本オープンゴルフ選手権において初優勝。
1973年 – ツアー施行に伴い、賞金シード権を獲得。以降、22年に渡り賞金シードを獲得し続ける。
1983年 – 日本プロゴルフ選手会初代会長就任。
1989年 – ツアー施行後25勝で永久シード権を獲得。
1990年 – 日本ユネスコフェアプレー賞受賞。
1990年 – 「NHK趣味講座 杉原輝雄の実戦ゴルフ」に講師として出演。
1991年 – JGA認定証(グランドマスター)獲得。
1995年 – ゴルファー・オブ・ザ・イヤー1995獲得。
1997年 – 前立腺癌告知。
2006年 – つるやオープンで世界最年長予選通過記録樹立(68歳10ヶ月)。
2009年 – 中日クラウンズにおいて同一大会50年連続出場を達成、アーノルド・パーマーのマスターズ・トーナメントにおける連続出場およびC.エバンズの全米アマにおける連続出場の世界タイ記録に並ぶ。
2010年 – 中日クラウンズ出場が51年連続となり、世界記録を更新。
2011年 – スポーツ功労者文部科学大臣顕彰。
引用元:杉原輝雄 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%89%E5%8E%9F%E8%BC%9D%E9%9B%84