ジョーニー・ローラー

男子レスラーとも激闘を繰り広げ
「世界9番目の不思議」と
呼ばれた、プロレス団体・WWE
で活躍した女子プロレスラーは?
フィリピン

コリア
チャイナ(答)
50%

米プロレス団体「WWE」で活躍した女子プロレスラー、チャイナ(ジョーニー・ローラー)さんが死去したことがわかった。自身のツイッターで20日(日本時間21日)に関係者が発表した。享年45。

 CNNは「プロレスリングシート・コムによれば『20日午後、カリフォルニア州の自宅で(死んでいるのが)発見された』」と伝えている。なお、死因は明らかにされていない。

 チャイナさんは1995年にデビューし、97年にWWE入り。男性レスラー顔負けの筋肉美とパワフルなファイトで人気を博した。女子王座はもちろんのこと、女子初となるWWEインターコンチネンタル王座も獲得し、「世界9番目の不思議」とも称された。

 WWE退団後の2002年には「ジョーニー・ローラー」として新日本プロレスに来日。蝶野正洋と一騎打ちして話題を呼んだ。その後はプロレス界を引退し、タレント、モデルとして活動。08年のIGF大阪大会には「チャイナ」の名前に戻してゲストとして参加した。
引用元:元WWEの女子レスラー“ジョーニー・ローラー”ことチャイナさんが死去 | 東スポのプロレスに関するニュースを掲載 https://www.tokyo-sports.co.jp/prores/533223/

チャイナ(Chyna)のリングネームで知られるジョアン・ローラー(Joan Marie Laurer、1969年12月27日 – 2016年4月20日)は、アメリカ合衆国の女子プロレスラー、女優。ニューヨーク州ロチェスター出身。

1990年代〜2000年代初頭のWWFでの活躍で知られる。

WWE[編集]

1997年当時
キラー・コワルスキー道場でトレーニングを積み、1995年にデビュー。 1997年にWWFと契約し、D-ジェネレーションX(DX)の女性ボディーガード、チャイナ(Chyna)として登場。「世界9番目の不思議」(8番目はアンドレ・ザ・ジャイアント)の異名を持つ屈強な肉体を駆使し、女子プロレスラーでありながら男子戦線において活躍した。1999年には女子選手としては初めてロイヤルランブル本戦出場を果たした。全盛期、彼女のベンチプレスは、トリプルHより重かったといわれる[要出典]。その後のRAWでトリプルHにローブロー(急所攻撃)を浴びせDXを脱退、ビンス・マクマホン率いるコーポレーション(後のコーポレート・ミニストリー)に加入した。同年のアンフォーギヴェンではジェフ・ジャレットが持つインターコンチネンタル王座に挑戦するも敗退。しかし翌月のノー・マーシーではジャレットと一切の家庭用品を公認凶器として使用できる「グッド・ハウスキーピング・マッチ」と呼ばれる試合形式で再戦、一度はジャレットのチャンピオンベルト攻撃によって敗れてしまうが、「チャンピオンベルトは家庭用品ではない」という理由から無効となり試合続行、最後はジャレットを下し女子史上初のIC王座戴冠を果たした。続いてクリス・ジェリコと抗争を開始し、一時はジェリコと王座を共有するという事件が起こってしまう(ジェリコとの防衛戦において両者ピンフォールという形で試合が決着してしまったため)。

2000年初頭にジェリコとの抗争が終結すると、今度はストーカーの如く付きまとうエディ・ゲレロと抗争。同年11月にはディーヴァとしては初めてPLAYBOY誌のグラビアに登場しヌードを披露する。2001年4月にはアイボリーを下し自身初(キャリアでは唯一)の女子王座を獲得。長期に渡って防衛を重ねるが、女優業進出を図り上層部と対立したため、WWFを退団する。
引用元:チャイナ (プロレスラー) – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%83%8A_(%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%BC)