【1998W杯】アルゼンチン、クロアチア、ジャマイカ

1998年のサッカーW杯・フランス
大会で、初出場を果たした日本
代表が初戦で対戦した相手は?
アルゼンチンをタッチ(答)
64%

1998 FIFAワールドカップ日本代表(-にっぽんだいひょう)は、1998年にフランスで行われたFIFAワールドカップの日本代表。

概説
ドーハの悲劇でアメリカ大会の出場権を逃した日本は、前年のアジア最終予選でイラン代表とのプレーオフに勝利し(ジョホールバルの歓喜)、アジア第3代表としてワールドカップ初出場を果たした。

監督はアジア最終予選の間にコーチから昇格した岡田武史。選手選考は前任者の加茂周時代からのメンバーを踏襲しながらも、本大会までの半年間にテストを行い、Jリーグの新人である小野伸二や市川大祐を抜擢した。故障による離脱者が出ることを考慮して、大会前のスイス合宿には25名を連れて行き、そこから本戦登録メンバー22名を選ぶという方法を採った。開幕8日前の6月2日に岡田監督が記者会見を行い、市川、三浦知良、北澤豪の3名が登録メンバーから外れると発表した[1]。三浦と北澤はチームに帯同せず、会見の前にキャンプを去り帰国した。日本代表を支えてきたふたりの落選は大きな話題となり、残ったメンバーに少なからず動揺を与えた。バルセロナ五輪アジア予選とアトランタ五輪本大会に出場した世代がチームの中心となり、5年前のアジア最終予選を経験した「ドーハ組」はキャプテン井原正巳と中山雅史だけだった。登録選手全員がJリーグの国内クラブに所属し、平均年齢は25.3歳だった[2]。

基本システムは3-4-1-2 。正GKは川口能活。DFは秋田豊・中西永輔の2ストッパーとスイーパーの井原正巳。両WBは左が相馬直樹、右が名良橋晃。2ボランチの名波浩・山口素弘と司令塔の中田英寿がゲームを組み立て、FWは中山雅史と城彰二の2トップという布陣だった。試合途中の交代メンバーにはFWの呂比須ワグナーやMFの平野孝が起用された。

大会経過
本大会ではグループHに入り、アルゼンチン、クロアチア、ジャマイカと対戦した。2度の優勝経験を持つアルゼンチン以外の3カ国は初出場という極めて珍しいグループだった[3]。岡田は1勝1敗1分け(勝ち点4)での決勝トーナメント進出を目標に挙げた。

6月14日 グループH アルゼンチン戦(トゥールーズ)
初戦アルゼンチン戦は、破壊的な攻撃力をもつ強豪を相手にディフェンシブな姿勢で臨んだ。急造の3バックはよく機能したが、前半28分にゴール前のこぼれ球をFWガブリエル・バティストゥータに決められ失点。手堅い出来のアルゼンチンに対して、後半は幾度か攻め上がりチャンスを作れたが得点は奪えず、実力差通りに0-1で敗れた。

6月20日 グループH クロアチア戦(ナント)
第2戦クロアチア戦は酷暑の中での持久戦となった。引き気味のクロアチアに対して主導権を握り、前半34分に中田のクロスから中山が最大の決定機を迎えたが、GKに阻まれた。逆に後半32分にカウンターからFWダボル・シュケルのゴールを許してしまい、攻撃的な選手を投入するも追いつけず、2連敗で決勝トーナメント進出の望みが絶たれた。

6月26日 グループH ジャマイカ戦(リヨン)
第3戦ジャマイカ戦はともに2連敗同士、ワールドカップ初勝利を賭けた試合となった。日本は攻勢に試合を進めるも、隙を突かれてMFセオドア・ウィットモアに2ゴールを奪われた。敗戦の気配が漂う中で、後半29分に呂比須のヘディングの折り返しを中山が合わせて日本のワールドカップ初ゴールを記録した。その後、チーム最年少(18歳)の小野が交代出場して才能の片鱗を見せたが、3試合連続で1点差を追いつけず、3戦全敗という結果で初のワールドカップを終えた。
引用元:1998 FIFAワールドカップ日本代表 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/1998_FIFA%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89%E3%82%AB%E3%83%83%E3%83%97%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BB%A3%E8%A1%A8