田中マルクス闘莉王


2017年にDF登録の選手として
Jリーグ史上初の100得点を記録
した選手は中澤佑二である
×(答)
◯田中マルクス闘莉王
47%

明治安田生命J2リーグ第37節が10月14日に行われ、京都市西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場では京都サンガF.C.とロアッソ熊本が対戦。試合は2-1で京都が勝利を収めた。

この試合の逆転ゴールを挙げたDF田中マルクス闘莉王は、Jリーグ通算100ゴールを達成。歴代通算で25位、DF登録選手としては初の快挙となった。

DFとして先発出場した闘莉王は、22分にオウンゴールを献上。すると1-1で迎えた71分、闘莉王はDF石櫃洋祐のCKに頭で合わせ、汚名返上のゴール。これがJリーグ通算100点目となった。
引用元:田中マルクス闘莉王がJリーグ通算100得点を達成…DF登録選手としてJ史上初 | Goal.com http://www.goal.com/jp/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B9/%E7%94%B0%E4%B8%AD%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%82%B9%E9%97%98%E8%8E%89%E7%8E%8B%E3%81%8Cj%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%B0%E9%80%9A%E7%AE%97100%E5%BE%97%E7%82%B9%E3%82%92%E9%81%94%E6%88%90df%E7%99%BB%E9%8C%B2%E9%81%B8%E6%89%8B%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6j%E5%8F%B2%E4%B8%8A%E5%88%9D/r76xfthklepj1a16rtuymqh07

田中 マルクス闘莉王(たなか マルクス トゥーリオ、1981年4月24日 – )は、ブラジルのサンパウロ州出身のプロサッカー選手。Jリーグ・京都サンガF.C.所属。おもなポジションはディフェンダー(センターバック)だが、フォワードとして起用されることもある。元日本代表。

父親が日系ブラジル人で母親がイタリア系ブラジル人で、ブラジルおよび日本の2重国籍である(2003年取得)[1]。なお、ブラジル国籍名はマルクス・トゥーリオ・リュージ・ムルザニ・タナカ(ポルトガル語: Marcus Túlio Lyuji Murzani Tanaka)。ニックネームは「サムライ闘莉王[2]」、「闘将[3]」など。

京都サンガF.C.
名古屋退団後は、一時ブラジルに帰国し、自身の力でチームを残留させられなかった事や、名古屋から退団を迫られた形などのショックで引退も考えたが、京都サンガF.C.の強化部長らがブラジルまで直接訪ね、熱意を感じ2003年以来のJ2での戦いを決意した[67]。

2017年1月6日に正式に京都への加入する事が発表された[68]。3月4日に行われた第2節の徳島ヴォルティス戦では、Jリーグ18ヶ月ぶりゴールとなる移籍後初得点を決めて今シーズン勝利に貢献[69]、4月15日に行われた第8節の愛媛FC戦では、FWとして起用されハットトリックを達成[70]。35歳11カ月22日でのハットトリックはJ2最年長記録を更新し、J1・J2・ルヴァン杯の得点を合わせるとJリーグ公式戦通算得点102得点になり、Jリーグ史上初のDF登録選手の100得点突破となった[71]。
引用元:田中マルクス闘莉王 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E4%B8%AD%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%82%B9%E9%97%98%E8%8E%89%E7%8E%8B