ガイエル


2007年ヤクルトに入団
カナダ出身のプロ野球選手
2007年リーグ2位の35本塁打
空間歪曲疑惑
リグス
ガイエル(答)
ラロッカ
デントナ
66%

アーロン・ガイエル(Aaron Guiel、1972年10月5日-)とは、カナダ出身の元プロ野球選手(外野手)。東京ヤクルトスワローズに所属していた魔将である。 ペンギンじゃねぇYO!(本人談)

2006年のWBCのカナダ代表でもあったりする。

空間を歪める程度の能力を持つ。魔空間とも呼ばれる。四死球を増やしたり、ボールを得意なインコースに引き寄せたり、守備範囲を広くしたり、バットを折りながらホームランにしたり、相手のエラーを引き起こしたりと非常に汎用性が高い。

しかしときどき能力が誤作動し、何でもない飛球を落球したりする。特に来日当初は守備時の能力が上手く制御できていなかった模様。青木宣親は「センター定位置から動いていないはずなのに、気が付くとライトを守るガイエルの方向に吸い寄せられていた」と証言している。

2007年、東京ヤクルトスワローズに召喚され、4番打者として活躍。村田修一らと本塁打王争いを繰り広げた。また88四球、23死球という驚異的な四死球の多さで、打率.245(リーグ32位)にも関わらず出塁率.381(リーグ4位)という謎の記録を残した。また、10月7日の古田の引退試合では魔将の力が発揮された。第3打席においてただの外野フライだったのがショートとレフトが交錯。何が起こるかわかっていたかのように全力疾走していたガイエルはそのままダイヤモンドを一周。ランニングホームラン(記録は左ゴ本)になった。また、その次の打席ではものすごい当たりのホームランをライトスタンドにぶち込んだ。さすが魔将、やることが違う。
引用元:アーロン・ガイエルとは (アーロンガイエルとは) [単語記事] – ニコニコ大百科 http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%AB

アーロン・コリン・ガイエル(Aaron Colin Guiel , 1972年10月5日 – )は、カナダ・ブリティッシュコロンビア州バンクーバー出身の元プロ野球選手(外野手)。右投左打。

ヤクルト時代
2007年1月に東京ヤクルトスワローズと契約、入団。前年に引退した土橋勝征から背番号5を引き継いだ。

開幕当初は一ヶ月で2割そこそこの打率にわずか2本塁打と、期待外れの低調なスタートだった。バットをほとんど振らず四死球が非常に多く、低打率とかけ離れた高出塁率が話題になり、4月の終わりには1番を任された時期もあった。しかし5月には3割近い打率と8本塁打を打ち、5月後半からシーズン最後まで、過去数年間4番を打っていたアレックス・ラミレスを3番にし、4番を任された[6]。8月1日の対阪神13回戦の5回表には、1イニング2死球のプロ野球最多タイ記録をマーク。衣笠祥雄が1976年8月31日の中日戦で記録して以来、31年ぶり2度目の記録となる[7]。最終的にシーズン最多記録にあと1個と迫る23死球であった。9月以降に11本塁打を放つ活躍を見せた(ただし打点は15と少なかった)。本塁打王争いでは村田修一を1本差で追いかけ、シーズン最後の2試合はその村田のいる横浜戦であった。ガイエルは最終戦で2四球と勝負を避けられてしまい、本塁打王まであと1本の35本塁打でシーズンを終了した[8]。また、10月7日の対広島戦・古田敦也選手兼任監督の引退試合では平凡なショートフライを打った際にボールが風に煽られ遊撃手の梵英心が深追いし左翼手の井生崇光と激突し落球。ボールはそのままフェンス前まで転がり、その間にガイエルはホームインし34号ランニングホームランとなる。記録は「左ゴ本」。また、来日してからそれほど足の速さを伺えるようなプレーを一切していなかった為、このランニングホームランの際に野球中継では凄まじいスピードでダイヤモンドを駆け抜けるガイエルの姿が映し出された。打率は結局シーズン通して.250前後と低いままだったが、四死球が非常に多く(四球リーグ2位、死球リーグトップ)、リーグ32位の打率.245ながら出塁率.381はリーグ4位だった。また、来日1年目でヤクルト以外の11球団から本塁打を打った。20本塁打以上で翌年も契約延長になる条項で契約しており、2008年も残留する事となった。
引用元:アーロン・ガイエル – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%AB