黒姫山


そのぶちかましの強烈さから
「デゴイチ」「デボネア」と
いう異名で呼ばれた、1982年に
引退した立浪部屋の力士は?
笠姫山
黒置矢
一光海
黒姫山(答)
67%
黒姫山秀男

黒姫山 秀男(くろひめやま ひでお、1948年11月12日 – )は、新潟県西頸城郡青海町(現在の糸魚川市)出身で立浪部屋所属の元大相撲力士。本名は田中 秀男(たなか ひでお)。現役時代の体格は182cm、147kg。得意手は押し、右四つ、寄り。最高位は東関脇。四股名の由来は出身地旧青海町の黒姫山から[1]。

熱心な指導を行う周囲のおかげで以降は順調に出世し、1969年3月場所に新十両へ昇進し、同年7月場所には新入幕を果たした。その7月場所では4勝11敗と大敗して十両に陥落するが、1場所で幕内へ復帰してからは幕内に定着する。1970年11月場所には新三役となる西小結へ昇進し、その11月場所では6勝9敗と負け越したものの5日目には横綱・大鵬を突き落としで破った。立合いからのぶちかましは強烈で、出足の鋭さも生かして北の湖を電車道で押し出すほどであった[6]。そのぶちかましの威力から蒸気機関車の代名詞である「デゴイチ」との異名をとった。また、額の広いことで「デボネア」とのあだ名もあった。横綱・大関陣との対戦でも必殺のぶちかましで活躍し、横綱・北の湖に8勝26敗[1]、横綱・輪島に7勝24敗[1]、横綱・若乃花には5勝18敗、横綱・三重ノ海には13勝21敗という成績を残し、金星を6個獲得して殊勲賞を4回受賞した。また、大関時代の大受には3戦3勝し、大関・貴ノ花には通算で16勝23敗と上位陣に対してほぼ互角に戦った。

1973年には立浪部屋の部屋付き親方である年寄・11代武隈(元関脇・北の洋)の長女と結婚して娘婿となった。
引用元:黒姫山秀男 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E5%A7%AB%E5%B1%B1%E7%A7%80%E7%94%B7