フランス


1987年にラグビーの
第1回W杯で優勝した国は
ニュージーランドですが
決勝戦で敗れた国は?
ニュージーランド
フランス(答)
オーストラリア
イングランド
24%

ラグビーワールドカップ1987は、1987年5月22日から6月20日まで、ニュージーランドとオーストラリアの共催により開催された第1回ラグビーワールドカップ。この大会は両国の協会による招待大会として開催された。

タイトルスポンサーは国際電信電話株式会社(タイトルスポンサーは第1回のみ)[1]。

最終結果
優勝国 Gold medal blank.svg ニュージーランド
準優勝国 Silver medal blank.svg フランス

招待国
まずIRBオリジナル国であるイングランド、アイルランド、スコットランド、ウェールズ、フランスの5ヶ国に枠を与えた。ただし、南アフリカ共和国は、アパルトヘイトのため招待されなかった。

残る9ヶ国は、アルゼンチン、フィジー、イタリア、カナダ、ルーマニア、トンガ、日本、ジンバブエ、米国となった。一方で強豪とされていた西サモアなどが選出されず物議を醸した。また、当初招待国に入っていたソビエト連邦は、南アフリカがIRBから除名されないことに抗議し拒否した[2]。
引用元:ラグビーワールドカップ1987 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%B0%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89%E3%82%AB%E3%83%83%E3%83%971987

ラグビーワールドカップ (英語: Rugby World Cup) とは、ラグビーユニオンのナショナルチームの世界一を決定する世界選手権大会。第1回大会は1987年に開催され、4年ごとに開催されている。優勝トロフィーは「ウェブ・エリス・カップ」。ワールドラグビー主催。現在、運営管理はラグビーワールドカップリミテッド(RWCL)に委託されている。

RWCL等は夏季オリンピック、FIFAワールドカップとともに、世界3大スポーツイベントであると主張している[1]。 大会テーマソングは「ワールド・イン・ユニオン」。

概説
1983年、オーストラリアとニュージーランドの両協会がそれぞれ、国際ラグビーフットボール評議会(IRFB、現・ワールドラグビー)にワールドカップの開催を提案した。この時は却下されたが、両協会は実現可能性について検討し、1985年にIRFBの年次会合で結果を披露した。FIFAワールドカップとオリンピックに被らないよう、開催年を1987年に設定した。これを受けてIRFBのメンバーの8協会(オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ、フランス、イングランド、ウェールズ、スコットランド、アイルランド)で投票が行われ、6対2で開催が決定した(反対したのはスコットランドとアイルランドで、アマチュアリズムが脅かされるという理由だった)[2]。こうして、1987年にニュージーランド・オーストラリアによる共催で第1回が行われた。当初は両協会の主催による大会であり予選は無かった。その後の大会はIRFBに主催者が変更され、第2回以降は予選大会と本大会による形式に変更となった。本大会は4年毎に行われる(夏季五輪の前年・冬季五輪、FIFAワールドカップの翌年に開催)。また第3回までは北半球、南半球それぞれの国内シーズン(北半球10-11月、南半球5-6月)を中心に開催されていたが、第4回大会以降は南北いずれの半球でも、9月から11月を中心とした日程になっている。
引用元:ラグビーワールドカップ – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%B0%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89%E3%82%AB%E3%83%83%E3%83%97