サンガ、ジュビロ、横浜


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松井 大輔(まつい だいすけ、1981年5月11日 – )は、京都府京都市山科区出身のプロサッカー選手。登録ポジションはMF (SH, OH) 。元日本代表。

妻は女優の加藤ローサ。2011年6月22日に結婚。松井は再婚、加藤は初婚。

年 クラブ 出場 (得点)
2000-2004 京都パープルサンガ 126 (16)
2004-2008 ル・マン 120 (17)
2008-2009 サンテティエンヌ 22 (1)
2009-2011 グルノーブル 45 (5)
2010 →トム・トムスク (loan) 7 (0)
2011-2012 ディジョン 3 (0)
2012-2013 スラヴィア・ソフィア 11 (0)
2013 レヒア・グダニスク 16 (4)
2014-2017 ジュビロ磐田 85 (9)
2017 オードラ・オポーレ 4 (0)
2018- 横浜FC

高校は地元の京都を離れ鹿児島実業高校に進学し、プレーとテクニックのレベルを上げていった。3年生時の全国高校選手権では2回戦で大久保嘉人擁する国見高校を、準々決勝では田中達也擁する帝京高校を破り、準優勝を経験。

同校の2年先輩に遠藤保仁、同級生に那須大亮、1年後輩には上本大海や後に京都で共にプレーする田原豊がいる。

京都パープルサンガ時代
2000年、複数のJクラブから打診があったが、憧れの三浦知良が当時在籍していた京都パープルサンガに加入し、プロサッカー選手としてのキャリアをスタートさせる。プロ1年目からリーグ戦で22試合出場し、プロ初ゴールを挙げるなどの活躍を見せたものの、チームは年間順位で16チーム中15位と低迷しJ2へ降格してしまう。

2001年、背番号を前年の26から10へと変更。リーグ戦37試合出場7得点という結果を残し、チームのJ1復帰に貢献する。

2002年、黒部光昭、朴智星らと共に、クラブ初タイトルとなる同年度の天皇杯優勝に貢献する。

2003年6月22日のコロンビア戦で日本代表デビューを果たす[1]。しかしこの年は3トップの一角であった朴智星の移籍や黒部の故障離脱もありチームは低迷、再びJ2降格を経験した。

横浜FC時代
2018年1月22日 横浜FCへの完全移籍が発表された[26]。
引用元:松井大輔 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E4%BA%95%E5%A4%A7%E8%BC%94