琴櫻 三重ノ海 輪島


次の力士を
横綱に昇進したときの
年齢が高かった
順に選びなさい
琴櫻傑將
三重ノ海剛司
輪島大士
46%

琴櫻

 昇進年齢32歳1カ月は最年長。新入幕から横綱昇進までに要した場所数60は三重ノ海と並んで2番目。初土俵からの場所数85も4番目に遅かった。
 1972年九州、73年初場所と14勝1敗で連続優勝して横綱になった。その前まで大関在位30場所のうち、優勝は2回あったが、2桁勝ち星は半分以下の13場所。年齢からしても横綱どころか引退間近とみられていただけに、「うば桜の狂い咲き」などと言われた。
 勝つ時は、大きな頭でぶちかまし、強烈な突き押しで相手を圧倒するので、ニックネームは「猛牛」。不知火型の土俵入りは体格に似合って堂々としていた。
 昇進後3場所目に優勝したが、在位9場所目の直前に引退を表明、短命横綱に終わっている。
 引退後は佐渡ケ嶽部屋を継ぎ、琴風、琴欧洲、琴光喜の3大関と琴ケ梅、琴錦ら多くの関取を育てた。2007年、66歳で死去。
引用元:琴櫻:時事ドットコム https://www.jiji.com/jc/v2?id=2017sumo_osozaki_03

三重ノ海

 横綱昇進年齢31歳5カ月は2番目の年長。初土俵から横綱まで97場所は最多、新入幕からの場所数60も2番目タイ。
 体格や腕力に恵まれず、新十両まで34場所かかった。大関昇進は27歳11カ月の時。しかもけがが尾を引いてカド番を脱出できず、関脇に転落したが、翌場所10勝して復帰した。その後は徐々に安定感を増して2桁勝ち星が続くようになり、79年夏場所に13勝で優勝次点、続く名古屋場所は14勝で優勝同点の成績をマーク。直前2場所に優勝がなかったものの横綱昇進を果たした。大関から転落して返り咲き、横綱になったのは三重ノ海だけ。前さばきがうまく、前まわしを引いての速攻が得意だった。
 横綱在位8場所と短命だったが、2場所連続優勝も果たし、横綱の面目を施した。引退後は武蔵川部屋を興し、厳格な指導で1横綱(武蔵丸)3大関(武双山、出島、雅山)をはじめ多くの関取を育て、日本相撲協会理事長も務めた。
引用元:三重ノ海:時事ドットコム https://www.jiji.com/jc/v2?id=2017sumo_osozaki_04