【ローマ】ダニエレ・デ・ロッシ【パリ・サンジェルマン】チアゴ・モッタ


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ダニエレ・デ・ロッシ───ローマ
ブッフォン───ユベントス
チアゴ・モッタ───パリ・サンジェルマン
64%

ダニエレ・デ・ロッシ(Daniele De Rossi, 1983年7月24日 – )は、イタリア・ローマ(オスティア地区)出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。セリエAのASローマ所属。

元イタリア代表で2006 FIFAワールドカップの優勝メンバーの1人でもある。

経歴
ローマ生まれのローマ育ちという生粋のロマニスタであり、ASローマの下部組織に入団。徐々に頭角を表し、2001年10月に18歳でチャンピオンズリーグの対RSCアンデルレヒト戦でトップチームデビューを果たすと、2002-03シーズンの2003年3月に19歳の時にトリノ戦でセリエAデビューを果たす。このシーズンはセリエAで4試合に出場し2得点を記録した。

2010 FIFAワールドカップではグループリーグ初戦のパラグアイ戦でW杯初得点となる同点ゴールを挙げた[2]。しかし第2戦のニュージーランド戦、第3戦のスロバキア戦では低調なパフォーマンスに終わり、イタリアは1勝も出来ずに大会を去った。ワールドカップ後最初の試合となったコートジボワール戦では初めてイタリア代表のキャプテンとしてプレーした。

2018 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選敗退を受けて、2017年11月13日にイタリア代表の引退を表明した[3]。
引用元:ダニエレ・デ・ロッシ – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%8B%E3%82%A8%E3%83%AC%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%B7

ジャンルイジ・ブッフォン(Gianluigi Buffon、1978年1月28日 – )は、イタリア・カッラーラ出身のサッカー選手。ユヴェントスFC所属。イタリア代表。ポジションはゴールキーパー(GK)。

日本においては「ジャンルイジ・ブフォン」と表記されることもある[2]。愛称ジジ(Gigi)。

年 クラブ 出場 (得点)
1995-2001 イタリアの旗 パルマ 169 (0)
2001- イタリアの旗 ユヴェントス 612 (0)

ユヴェントス
2001年7月2日、GKとしては史上最高額の移籍金となる5230万ユーロ(約56億円・当時)でマルチェロ・リッピ監督(前イタリア代表監督)率いるユヴェントスFC(以下ユーヴェと表記)に加入。当初はGKにこれほど多額の移籍金を支払ったユーヴェに懐疑的な見方をする専門家が多かったが、「サッカーをよく理解していない者の戯言」とブッフォンは反論し、その年のスクデット獲得に貢献をした。

プレースタイル・評価
FCポルトのイケル・カシージャスは「あまりにも多くの才能に恵まれ、冷静でチーム全体に良い影響を及ぼしている」と評価している[18]。
国際サッカー歴史統計連盟が発表した「21世紀のベストGK」では1位に選出された[19]。
引用元:ジャンルイジ・ブッフォン – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%AB%E3%82%A4%E3%82%B8%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%83%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3

ティアゴ・モッタ(Thiago Motta Santon Olivares, 1982年8月28日 – )は、ブラジル・サンパウロ州サン・ベルナルド・ド・カンポ出身のサッカー選手。パリ・サンジェルマンFC所属。ポジションはMF。

年 クラブ 出場 (得点)
2001-2007 スペインの旗 バルセロナ 96 (6)
2007-2008 スペインの旗 アトレティコ・マドリード 6 (0)
2008-2009 イタリアの旗 ジェノア 26 (6)
2009-2012 イタリアの旗 インテル 55 (11)
2012- フランスの旗 パリ・サンジェルマン 147 (7)

代表経歴
代表としてはU-23ブラジル代表として2003 CONCACAFゴールドカップに出場した経験があるが、モッタ本人はイタリア代表としてプレーすることを希望していた[5]。祖父がヴェネト州ロヴィーゴ出身の移民で、イタリア国籍も有しているためである。

2011年2月9日、EURO2012目前の調整試合であるドイツとの国際親善試合にイタリア代表として初招集され、先発出場しイタリア代表デビューを果たした。2試合目の出場となった同年3月25日のEURO2012予選・スロベニア戦で決勝点となる代表初得点を記録し、喜びとともに自身を受け入れてくれたチェーザレ・プランデッリ監督とチームメイトへ感謝を告げた[6]。EURO2012本大会のメンバーにも選出され、ドイツ戦、スペイン戦でプレーした。

2014年FIFA ワールドカップのメンバーに選出され、イングランド戦でプレーした[7]。

2016年EURO2016のメンバーに選出され、10番を背負った[8] 。スペイン戦の累積警告でドイツ戦には出場出来なかった。
引用元:ティアゴ・モッタ – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%82%B4%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%83%E3%82%BF