ブロートン


1743年、近代ボクシングにおける
初のルールブックを発表した
イギリス人の名前はジャック・
◯◯◯◯◯? ◯を答えなさい
ブロートン(答)
23%

ボクシング(英: boxing)は、拳にグローブを着用しパンチのみを使い、相手の上半身前面と側面のみを攻撃対象とする格闘スポーツ。拳闘(けんとう)ともいう。ボクシングに似た競技はフランスのサバットのほか、タイのムエタイおよびムエタイをベースにした日本のキックボクシングやシュートボクシング等があり、それらと区別するための俗称として国際式ボクシングと呼ばれることもある。

近代ボクシング[編集]
剣の携帯が一般的でなくなりだした、16世紀前半ごろから、賞金をかけたベアナックル・ボクシングの形で徐々にイギリスで浮上の兆しを見せ始める。

現在のボクシングの始祖といわれるのは、1695年にイギリスのオックスフォードシア州テーム村に生まれたジェームス・フィグ (James Figg) である。彼は、レスリング、フェンシングや棍棒術を得意としており、1718年にロンドンで「ボクシング・アカデミー」を設立してボクシングを教え始めた。彼が行った当時の「ボクシング」とはベアナックル(素手)で行い、蹴りや投げ、締め、噛み付き、目つぶしだけでなく、フェンシングや棍棒術も含まれたものだった。フィグ自身も教える傍ら自ら「プライズ・ファイター」(つかまれないように頭髪を剃っていた)として腕自慢達を倒して賞金を稼ぎ、護身術としても優れていると認められたボクシングとともに名声を得てイギリス初のチャンピオンとなった。1730年に36歳で引退し、1734年に39歳で死去した。

そしてフィグの後継者であったジャック・ブロートン (Jack Broughton) が、自ら保持するタイトルの防衛戦の時、相手を殺してしまったために、「ボクシングを普及させるのはこのような危険は廃さねばならない」と考え、1743年に近代ボクシング初となる7章のルールブック「ブロートン・コード」(Broughton’s Rule) を発表した。その内容はベルト以下への打撃の禁止・腰より下の抱込みの禁止・倒れた相手への攻撃禁止、ダウン後30秒以内に立つことができなければ負け、リング(直径25フィートの円形、硬い土の上)などである。また練習とエキシビション試合の怪我防止用にマフラーという名のパッド入りグローブを開発した。

しかし、実際の試合にはグローブを用いることはなく相変わらず素手に近い形で行われ、1754年には死者が多いためイギリスでボクシングが禁止された。このため、ボクシングの試合はフランスやベルギーなどで行われたが、貴族や富裕層の支持は根強く1790年にはイギリスでボクシングが再開され、1811年のイギリス人チャンピオン、トム・クリブ対アメリカ合衆国トム・モリノーの再戦には2万5千人もの観衆が訪れるほどとなった。

1814年に元チャンピオンのジョン・ジャクソンが英国ピュジリスト保護協会を設立し、1838年に29条からなる「ロンドン・プライズリング・ルールズ」を発表した。その内容は、ベアナックルで行い、蹴り技の禁止・頭突きの禁止・目玉えぐりの禁止、ダウン者に30秒の休憩に加え所定の位置に戻るまでに8秒間の猶予を与えるなどであった。
引用元:ボクシング – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%B0

ブロートン
Broughton, Jack

[生]1704頃
[没]1789.1.8. ロンドン
イギリスのプロボクサー。本名 John Broughton。イギリスの第3代チャンピオン。初のボクシングルールであるブロートンルールを考案し,マフラーという近代ボクシングのグラブの原型を発明した。港湾労働者からボクサーに転向し,トム・パイプスとビル・グレッティングを制して王座を獲得した。名声が高まり,カンバーランド公ウィリアム・オーガスタス(四十五年の反乱の鎮圧者)が後援者となったが,1750年にジャック・スラックに敗れ,その支持を失った。1742年ロンドンのハンウェイ通りでボクシング・ジムを開き,死去するまで指導と運営に携わった。1743年に設定されたブロートンルールは,1838年にロンドン・プライズリング・ルールが登場するまで適用された。
引用元:ブロートンとは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3-155285