「西川遥輝」「杉浦享」日本シリーズでサヨナラ満塁ホームラン


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プロ野球・日本シリーズで
サヨナラ満塁ホームランを
記録したことがある選手を
フルネームで1人答えなさい
すぎうらとおる(答)
にしかわはるき(答)
杉浦享
西川遥輝
35%

西川 遥輝(にしかわ はるき、1992年4月16日 – )は、北海道日本ハムファイターズに所属するプロ野球選手(外野手、内野手)。マネジメントはエイベックス・スポーツ株式会社。

>2016年
1番・左翼手の定位置を確保する飛躍のシーズンとなった。序盤は調子が上がらず2番や9番打者を任されたこともあった。6月の交流戦以降は長打を捨てて、単打と出塁に徹したところ、リードオフマンとしての才能が開花し、打率・出塁率を大幅に上昇させる。(事実、7月以降は本塁打を記録しておらず、三塁打数を大幅に減らし、単打・二塁打を増やした)最終的に打率.300、出塁率.400、OPS.800の大台を超え、盗塁数も2年ぶりの40台に達した。日本シリーズ第5戦(札幌ドーム)では、中崎翔太からサヨナラ満塁ホームランを放った。これはヤクルト杉浦亨以来2人目であり、奇しくも西川が生まれた1992年以来の記録となった[8][9]。因みに打たれた中崎も同じ1992年生まれである。第6戦(マツダスタジアム)では、3安打2打点の活躍を見せる。この試合ではシリーズ史上初のプレイボール初球三塁打など、2三塁打を記録し、2003年に川崎宗則がマークしたシリーズ記録に並んだ。以上の活躍から優秀選手に選出された[10]。
引用元:西川遥輝 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%B7%9D%E9%81%A5%E8%BC%9D

杉浦 享(すぎうら とおる、1952年6月8日 – )は、愛知県西尾市(旧・幡豆郡幡豆町)出身のプロ野球選手(外野手)・野球指導者・野球解説者。東京都荒川区在住。1975年から1980年の登録名は杉浦 亨。
ぽっちゃりとした体格から、愛称は「ブーちゃん」(当時打撃コーチだった武上四郎に名づけられた)。

>その後は池山隆寛、広沢克己ら若手の台頭により、1990年に野村克也の監督就任前後から左の代打の切り札として活躍するが、1992年はケガにより18試合の出場にとどまり、またシーズン中に40歳に達していた年齢のこともあって既に現役引退を表明していた。しかし、同年の日本シリーズ対西武ライオンズ第1戦、12回ウラ1死満塁の場面で代打で登場。鹿取義隆から日本シリーズ史上初の「代打サヨナラ満塁本塁打」を放つ。このシリーズでは代打の切り札として、またパ・リーグのルールで戦った第3・4戦は指名打者で先発出場するなど要所で活躍を見せた。このシリーズでチームは敗退してしまったが、野村の強い要請と本人の意志もあり、一転して現役続行。そして翌1993年、前年と同カードの対戦となった日本シリーズでヤクルトは昨年のリベンジを果たし、チームが15年ぶり2度目の日本一を経験したことを花道として現役を引退。現役23年、若松勉(1989年引退)や杉浦と同年に引退の八重樫幸雄と共に、ヤクルト一筋で40歳代まで現役を続けた。
引用元:杉浦享 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%89%E6%B5%A6%E4%BA%AB