「ボランチ」 元日本代表・山口素弘のメインポジション

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元サッカー日本代表・山口素弘が
Jリーグでプレーしていた時に
最も多かったポジションは?
センターラインの選手をタッチ(答)
(ボランチ)

連想
東海大学出身
2007年横浜FCで現役引退
横浜フリューゲルスなどで活躍
フランスW杯にボランチで出場
山口素弘(答)


元サッカー日本代表・本田泰人が
Jリーグでプレーしていた時に
最も多かったポジションは?
ボランチ(答)

山口 素弘(やまぐち もとひろ、1969年1月29日 – )は、群馬県高崎市出身の元プロサッカー選手。ポジションはMF、主にボランチを多く務めた。
>運動量は多い訳ではないが、非常に知的で、巧みに相手のパスの出し所を消していき、攻撃の芽を摘む。また、攻撃の起点となってパスをフィールド全体に散らすと共に、ミドルシュートなどで自身も積極的にゴールを狙う。1997年2ndステージ第5節のホームの鹿島アントラーズ戦ではボランチとしては珍しいハットトリックを達成した。
ポジション柄、ゲームメーカータイプの選手(日本代表では名波浩、中田英寿、横浜フリューゲルスではエドゥー、ジーニョ)らを下支えする役割を得意とした。
>自身初となる日本代表入り後、辛口批評で有名なセルジオ越後に「彼はただのディフェンシブハーフじゃないね。チームの舵取りが出来る、日本に初めて誕生した本物のボランチだよ」との評価を受ける。セルジオ曰く、山口の登場まで日本の中盤の底には森保一のような守備を専門とする選手しかおらず、この位置からゲームを作れるのは山口が初めてだったという(現在ではレジスタと呼ばれる役割だが、元々はゲームの作れる守備的MFをボランチと呼んでいた)。
1997年のフランスW杯アジア最終予選第3戦、国立霞ヶ丘陸上競技場で行われた韓国戦でのループシュートは、1985年の木村和司のメキシコW杯アジア最終予選対韓国戦のフリーキックと並び、伝説と称されている。
引用元:山口素弘 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E7%B4%A0%E5%BC%98