実在の人物【漫画家になるきっかけを】

1990年代の横浜を舞台に
小学4年生の日常を
ノスタルジックに描く
山本さほの漫画は?
『長友に捧ぐ』

『乾に捧ぐ』
『岡崎に捧ぐ』(答)
『武藤に捧ぐ』
65%

『岡崎に捧ぐ』(おかざきにささぐ)は山本さほによる日本の漫画作品。作者の幼少時代からの親友「岡崎さん」との友情や子供時代の思い出を描いた自伝的作品である。

もともとは作者がアマチュア時代、岡崎さんが結婚することを2014年2月に聞き、結婚式のサプライズ用に思い出をまとめようと描き始めた作品[1][2]である。しかし結婚式までに全てを書き上げることはできず、作品の存在も結婚式前に岡崎さんに知られてしまった[3]。その後、『ビッグコミックスペリオール』(小学館)にて、note掲載版をリニューアルして2015年第3号より連載を開始。2015年22号を最後に休載し、2016年13号から再開して2018年18号まで連載。引用元:岡崎に捧ぐ – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A1%E5%B4%8E%E3%81%AB%E6%8D%A7%E3%81%90

新しい世代の「女の子友情物語」、始まり!
WEB上でページ1000万ビューを記録した人気漫画!!作者・山本さほさんと実在の幼馴染み・岡崎さんとの出会いは小学生時代の1990年代。スーパーファミコン、たまごっち、プレイステーション……懐かしいたくさんのゲームやおもちゃ、笑いと涙のエピソードが、私たちみんなが持つ普遍的な記憶を呼び起こす!

登場人物紹介

山本さん
私。横浜在住の高校生。ゲーム大好きのジャイアン気質。

岡崎さん
山本さんの親友。「私は山本さんの人生の脇役」と言い切る。
引用元:岡崎に捧ぐ 【作品TOP】 | ビッグコミックBROS.NET(ビッグコミックブロス)|小学館 https://bigcomicbros.net/comic/okazakinisasagu/

どうせ山本さんの人生はそうやって終わるんだ!」
──「岡崎に捧ぐ」3巻、「山本さんちのねこの話」、そして「無慈悲な8bit」2巻の発売おめでとうございます。マンガ家としてデビューしてからまだ2年と数カ月で3冊同時発売というのもなかなかないことだと思うんですが、改めて山本さんがマンガを描き始めたきっかけから教えていただけますか?

2014年、私が28歳のときに、岡崎さんから「結婚する」と報告を受けたんですね。その頃の私は一般企業に勤めていて、仕事をして家に帰ったらゲームをするっていう毎日だったんですけど、そのことを杉ちゃんに注意されたんですよ。

山本さんのもう1人の幼なじみ・杉ちゃん。
──杉ちゃんは「岡崎に捧ぐ」にも登場する、山本さんのもう1人の幼なじみですね。

その杉ちゃんに渋谷の居酒屋に呼び出されて。「岡崎さんは結婚して幸せになるのに、山本さんはいくつになってもゲームばっかりやってて。それでいいのか!」って怒られたんですよ。そうやって杉ちゃんが私にいろいろ言ってきたのはそれが初めてだったんですけど。

──ええ。

杉ちゃんは私がマンガ家になりたかったことを知っていたから、「ゲームばっかりやってないで、マンガ描きなよ!」って言うんです。でも私は美大の受験に失敗してから絵の道は完全に諦めてたので、「ゲームがしたいから嫌だ」「『DARK SOULS II』やりたいから嫌だ!」って反抗して。そしたら煽ってきたんですよね。「どうせ描かねーんだろ!」みたいな。

──挑発してきた(笑)。

中学時代、マンガ執筆に勤しむ山本さん。
「どうせ山本さんの人生はそうやって終わるんだ!」ってムカつくことを言ってきたから、私もムキになって「そんなに言うんだったら描いてやるよ!」って言い返したのがマンガを描き始めたきっかけですね。岡崎さんから結婚の報告を受けたのが2月で、結婚式は11月の予定だったのでその期間だけ描いて、岡崎さんに見せて終わりにしようと思ってたんです。ただそれまでの間、描いたマンガをどうしようかなと思ってたときに、杉ちゃんが「noteっていうWebサイトが始まったらしいよ」って教えてくれて。ちょうどその頃サービスが開始したばかりで注目が集まっていたときだったので、試しにアップしてみたらSNS上で話題になったんですね。で、5~6話を公開した頃には出版社さんから連絡が来るようになっていて。当時は作品の題名も決まってなかったくらいだったので、まさか今こうやって連載することになるとは、そのときは想像してなかったです。
引用元:「岡崎に捧ぐ」山本さほインタビュー (2/4) – コミックナタリー 特集・インタビュー https://natalie.mu/comic/pp/yamamotosaho/page/2