【クローバー】ガンダム後に倒産

アニメ『機動戦士ガンダム』の
スポンサーだった
玩具メーカーのクローバーは
『ガンダム』の放送中に倒産した
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株式会社 クローバーは、1983年8月まで東京都葛飾区内に存在した日本の玩具メーカーである。『機動戦士ガンダム』の放送当時のメインスポンサーとして知られている。

沿革
ツクダの営業部長だった小松志千郎が独立し、1973年に創業。創業当初から1980年代前半にかけ、アニメ関連や自社開発のキャラクターグッズ・文具を中心に商品販売を展開した。主力商品は、当初は『やわらかベビー』などの女児向け玩具で、1977年以降は「超合金」から続く亜鉛合金ダイキャストを含むロボット関連の玩具。なお、「超合金」を扱っているポピー(1983年、親会社・バンダイに吸収合併)が女児向けキャラクターとして『キャンディ・キャンディ』を売り出した時期にクローバーは合金ロボット玩具を売り出しており、両者は同時期にお互い相手の得意分野に進出している。

1982年、女児向けのキャラクターを扱う子会社・ポプラを設立。

業績不振から1983年8月、不渡りを出して倒産。負債総額は、15億円強に上った(帝国データバンクの調査による)。

後年の書籍で「ガンダムブーム」の恩恵に与れなかったように言われ、倒産の原因は「ガンダムブームに乗れなかったため」とされる事も多い。しかし実際には、『ガンダム』の放送期間である1979年度の間に、売上および利益がほぼ倍増している。これが『ガンダム』の玩具によるものかどうかは不明だが、少なくとも『ガンダム』によって経営が傾いたわけではないようである。またブーム時にはガンダムのパネロックを5000万個販売するなど好調で、1981年には過去最高の年商を達成している。

むしろブームの退潮と、それを打開するために参加した『聖戦士ダンバイン』、『亜空大作戦スラングル』の玩具売り上げが振るわなかった事が原因のようである。
引用元:クローバー (玩具メーカー) – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC_(%E7%8E%A9%E5%85%B7%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%BC)

さらに、関岡渉はこう続ける「暮れ頃には「ガンダム」の人気が出てきて、クローバーさんのおもちゃも売れ出したんです」。事実、クローバーはその後年末年始向けに合金玩具の、DX版を発売しており、また、視聴率も後半に行くにしたがって上昇している(月ごとの関東の平均視聴率、4月 4.05、5月 3.4、6月 4.16、7月 3.875、8月 4.4、9月 4.86、10月 8.525、11月 6.2、12月 7.42、1月 6.2、最高9.9)、さらに、挿入歌のレコードもキングレコードの要請で急遽発売されている。これらをみて解るのは、打ち切りにこそなったものの放送終了間際には、すでにブームが始まっていたという事だ。
だとすれば、先の疑問も解ける。つまり、バンダイはまったく人気のないアニメのプラモデルを発売したのではなく「ウルトラマン」や「仮面ライダー」「宇宙戦艦ヤマト」のとき同様ブームに便乗しただけだったのだ。
書籍、「ガンダム神話」に載っている「ガンダムグッズ(プラモデル&玩具)売上推移データ」のグラフを見ると、80年は0~500万個の間だが、81年は3000万~3500万個に跳ね上がる。82年には4000万~4500万個に達し、このときが最高となっている。これを見る限り、ガンプラが本格的に売れ出したのは、81年からとなる。しかし、前述のほかにも、ガンダムの劇場版の制作が発表がされたのは80年の10月など、80年には本格的なブームになっていた。
つまり、「ガンダムは放送当初まったく人気がなかった、ガンプラからブームになった」と言うのは全くのでたらめと言うことだ。ではなぜ、ガンプラだけが数あるガンダムグッズの中で、これ程までに知られるようになったのだろうか?

ガンプラは抱き合わせや、手に入れるため学校をサボる小学生など、やたらと事件、事故が多くおきる商品だった。極め付けが、千葉県のダイエー新松戸店でガンプラを購入しようと開店と同時にエスカレーターに殺到した小中学生250人による将棋倒し事故だ。
「ガンダム神話」の中にその事件を伝える当時の新聞記事が載っている。見出しは「ガンダムで将棋倒し」しかし、これとは別にもう一つ小見出しがある。「生産調整、加熱あおる?」さらに小さいながら、記事を読むことができる。そこには当時のダイエー新松戸店側の言葉が載っていて「対応がうまくいかず、けが人を出したことは申し訳ないが、メーカーさんが何千個と出荷してくれればこんなことにならず…」とあり、さらに記事は「どの販売店からも「商品の人気を維持するために、メーカーが生産調整しているのでは」という声」とある。
つまり、ガンプラが売れ出した後も、バンダイは充分な出荷をせず、結果、事件、事故、が多発、それが世間に「ガンダム」以上に「ガンプラ」と言う言葉を浸透させていったと考えられる。それがいつしか打ち切りなどと結びつき「ガンダムは放送当初まったく人気がなかった、ガンプラからブームになった」と言う誤解が生まれたようだ。
引用元:ガンダムと嘘と株式会社バンダイ ガンダムはガンプラからブームになった? http://usobandai.blog55.fc2.com/blog-entry-1.html