チロリン村、ひょうたん島、三国志


次の人形劇を
放送されたのが
古い順に選びなさい
『チロリン村とくるみの木』
『ひょっこりひょうたん島』
『プリンプリン物語』
『三国志』
39%

CIMG6160VCaQzZNjRbpb
NHKで人形劇番組を演出した
のちにアニメ監督に転身し
『超電磁ロボコン・バトラー
V』などを手がけたのは?
吉橋武夫
長川忠司
高浜惣幸
長浜忠夫(答)
ながはまただお
引用元:「バトルジェット」「バトルクラッシャー」「バトルタンク」「バトルマリン」「バトルクラフト」♪身長57m体重550t『コン・バトラーV』長浜忠夫 https://seethefun.net/%e3%82%a2%e3%83%8b%e3%83%a1%ef%bc%86%e3%82%b2%e3%83%bc%e3%83%a0/27411/

チロリン村とくるみの木(チロリンむらとくるみのき)は、1956年4月14日から1964年4月3日までNHKテレビ → NHK総合テレビで放送されていた人形劇である。全812回(未放送1回を含む)。1963年4月1日放送分(第558回)からカラー放送を実施。

概要
NHKの人形劇としては『玉藻前』に次ぐ第2作[1]。『ひょっこりひょうたん島』や『プリンプリン物語』などの後続の人形劇シリーズの原型になった作品でもある。当初は週に1回のペースで放送されていたが、途中から帯番組になった。

元となった作品はイタリア童話の『チポリーノの冒険』。ただまだ戦後の混乱が残る時期で、外国作品の著作権をクリアするのが難しいと判断され、そこで同作品を下敷きにしつつも「日本の野菜の物語を作ろう」ということになった[1]。

VTRが導入される前の時代の番組のため、人形の動きは全て生放送で演じていたが、音声部分は事前収録された[1]。人形も現在のものと異なり操作棒がついておらず、手を人形の中に入れて動かすタイプだったため、本番中の人形奏者はずっと手を頭の上に上げた状態を強いられた[2]。
引用元:チロリン村とくるみの木 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%AD%E3%83%AA%E3%83%B3%E6%9D%91%E3%81%A8%E3%81%8F%E3%82%8B%E3%81%BF%E3%81%AE%E6%9C%A8

『ひょっこりひょうたん島』(ひょっこりひょうたんじま)とは、NHK総合テレビで放送された人形劇である。

個性豊かなキャラクターたちがミュージカル形式で数々の笑いと風刺、冒険の物語を繰り広げる。

製作秘話
オリジナル版
原作者の一人である井上ひさしは、2000年9月の山形県川西町・遅筆堂文庫生活者大学校「ひょっこりひょうたん島」講座で、制作当時から秘密にしていたこととして、以下の2点を明かした[1][2]。
井上ともう一人の原作者である山元護久および担当ディレクターの3人が、いずれも家庭の事情により両親に頼ることのできない子供時代を送ったことから、子供たちの「親」を登場させなかった。
物語の場において発生しうる食糧危機という現実的な問題を回避し、親や大人に絶望した上で子供たちが持つ明るさを描くユートピアとするため、登場人物をすべて「死んだ子どもたち」として物語を作っており、サンデー先生と5人の子供たちは最初にひょうたん島に遠足に行った時点で火山の噴火に巻き込まれて死んだ設定になっている。劇中に「御詠歌」や「四国霊場物語」(四国八十八箇所)が登場するのも、「死者の物語」の設定ゆえである。
引用元:ひょっこりひょうたん島 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B2%E3%82%87%E3%81%A3%E3%81%93%E3%82%8A%E3%81%B2%E3%82%87%E3%81%86%E3%81%9F%E3%82%93%E5%B3%B6

『プリンプリン物語』(プリンプリンものがたり)は、1979年4月2日から1982年3月19日までNHK総合テレビで放送された人形劇。主人公の少女プリンプリンが、まだ見ぬ故郷を探し求めて仲間たちと旅をする、ミュージカル仕立ての物語である。全656回。

物語全体の構成について
主人公である15歳の少女プリンプリンが、見知らぬ自分の祖国と両親を探して、仲間たちとさまざまな国や世界を旅する物語である。プリンプリンは赤ん坊の時に、なんらかの事情で箱舟で海に流され、拾われた漁師に育てられたどこかの国のプリンセスであると設定されており、いわゆる貴種流離譚形式の物語である。

初期のエピソードで、「ラセツの女王」が登場しプリンプリンを「シータ」と呼んだこと、怪人「ランカー」の名前、キャラクターの衣装素材とデザイン、などから古代インドの叙事詩『ラーマーヤナ』をモチーフにしていることが伺える。また、プリンプリンを中心にボンボン、オサゲ、カセイジンといった主要キャラクターたちの造形とパーティの構成から、『西遊記』を意識しているとの指摘もある。

物語の基本フォーマットは、

プリンプリンの祖国に関する手がかりを得てある国を訪れる(あるいは事件・事故によって意図せず別の国に飛ばされることもある)
訪れた国でさまざまな騒動(王位継承問題や政治抗争であることが多い)に巻き込まれる
結局その国は本当の祖国ではないことが判明し、別の国へ向けて旅を続ける
というパターンで構成されるエピソードを、短い場合で1 – 2週間、長い場合で2 – 3か月程度のスパンでつないでいく形となっていた。自身が騒動の発端となる場合もあり(プリンセス帰還のため、既存権力側がプリンプリン排除を試みるアクタ編、デルーデル編など)、またもともと進行中の騒動に巻き込まれる場合もある(プリンセスたるプリンプリンが権力闘争に利用されるケントッキー編、ドオンブリカ編など)。一度訪れた国が再度登場することはほとんどなかったが、いくつかの例外がある(パリ:ケントッキー編とデルーデル編、ガランカーダ:ガランカーダ編は途中にタンガラトントン編を挿んでいるなど)。また、次の回を放送する際には見逃した視聴者に配慮して、毎回冒頭で前回のあらすじが再演される。物語の節目に放送されていた総集編も過去の放送の再編集ではなく再度演じられている。
引用元:プリンプリン物語 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%B3%E7%89%A9%E8%AA%9E

『人形劇 三国志』(にんぎょうげき さんごくし)は、1982年10月2日から1984年3月24日までNHKでテレビ放送された人形劇である。

概要
『三国志演義』(立間祥介訳)をモチーフに魏、呉、蜀三国の興亡を描いた作品で、美しい人形は人形美術家・川本喜八郎が担当した。番組開始時および人形劇本編の合間には、司会兼ストーリーテラーとして漫才師の紳助・竜介[注 1]が出演した。

ストーリーは劉備(その死後は諸葛亮)を巡る説話が中心であり、呂布の弟として登場する海賊首領「呂王」などのオリジナルキャラクターやオリジナルストーリーを取り入れつつ、桃園の誓いから五丈原の戦いまでを描く。10代の少年少女を主なターゲットとしていたため[1]、分かりやすさに重点を置いたセリフや展開になっており、『演義』よりも荒唐無稽・勧善懲悪の要素がより強調される。

使用された人形の大半は川本の好意により「人形の町」として知られる長野県飯田市に寄贈され、同市に設立された川本喜八郎人形美術館に展示された。なお、さまざまな展覧会で展示され照明を浴び続けたため、いくつかの人形、特に曹操のものは色あせが激しく、放送当初の鮮やかな色彩は失われた。

本作以降のNHK人形劇は全て映像が保存されているため、NHKアーカイブスにて全話を視聴することができる。また、2014年4月30日までNHKオンデマンドでの配信も行われた。

2010年8月23日に川本は亡くなったが、奇しくも8月23日は諸葛孔明の命日にあたる。
引用元:人形劇 三国志 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E5%BD%A2%E5%8A%87_%E4%B8%89%E5%9B%BD%E5%BF%97