平山亨


東映のプロデューサーとして
『秘密戦隊ゴレンジャー』『仮面
ライダー』などを手がけ、特撮
ヒーロー番組の礎を築いたのは?
平岩雄
森田茂
大山博
平山亨(答)
25%

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日本の映画界にプロデューサー
システムを導入した人物としても
知られる、『ゴジラ』などを
手がけた映画プロデューサーは?
森岩雄
岡川茂
平田亨
森岩雄(答)


晩年は「日本映画界のドン」とも呼ばれた、『網走番外地』シリーズなどで知られる東映の映画プロデューサーは?
岡田茂(答)

スロット
1982年9月の取締役会で三越の社長を解任された人物でその時に発した「なぜだ!」という言葉は流行語になったのは?
岡田茂(答)
(東映の岡田茂氏とは別人です)
引用元:武士道「残酷」物語 中村錦之助主演・今井正監督 金熊賞受賞 http://seethefun.net/%e8%8a%b8%e8%83%bd/14805/

平山 亨(ひらやま とおる、1929年3月19日[3][4] – 2013年7月31日)は、株式会社レッド・エンタテインメント・デリヴァー取締役[5]。東映では、助監督(映画)、映画監督、テレビプロデューサーを務めた。作詞家として八手三郎および田中守のペンネームを用いている[6]。映画監督の松村昌治(中山昌一)[7]は義兄。

>1963年に34歳で映画監督に昇任し、『銭形平次 捕物控』で初監督[21][23]。翌1964年には義兄で後に監督になる松村昌治に指導を受けて、東伸テレビ映画のテレビ時代劇『それからの武蔵』『水戸黄門』ではじめて1人で脚本を手掛け、このときにペンネームとして八手三郎(やつでさぶろう)を使い出した。常套句の「なんでもやってみよう」⇒「やって みろ」が由来である[24][注釈 3]。

>『キャプテンウルトラ』『仮面の忍者 赤影』『ジャイアントロボ』『柔道一直線』などの人気番組を次々と担当し、特に1971年4月より放映開始の『仮面ライダー』は大ヒット、『ライダー』の生みの親の一人として知られ、以後も東映制作の数々の石ノ森章太郎原作のテレビ特撮番組を手掛けた。一時は石森プロに毎日のように出入りした[29]。
『仮面ライダー』より番組楽曲の作詞を行うようになり、主に八手三郎名義でエンディング曲を、田中守名義で挿入歌を手掛けた[6]。平山個人のペンネームとして使い始めた「八手三郎」は、平山が所属していた東映テレビ事業部(現在は機構改革により映像本部テレビプロデューサー集団)の共同ペンネームとなり、引き続き使われている[6]。
引用元:平山亨 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%B1%B1%E4%BA%A8

『仮面ライダー』シリーズをはじめ、『人造人間キカイダー』『がんばれ!!ロボコン』『秘密戦隊ゴレンジャー』など、数多くの特撮番組の原作者でもある漫画家・石ノ森章太郎。これらの作品をプロデューサーとして世に送り出した元東映の平山亨氏は、生前の石ノ森と最も深いつき合いのあった1人である。氏に石ノ森章太郎の人となりと、その作品について語っていただいた。

>――そういう中で、後のショッカーの怪人たちのデザインもできていったわけですね。お話を戻して、その日は、その後はどうなったんですか?

「とにかく加藤さんが、先生に世界のお面の図鑑なんかをどんどん見せて、『先生、これどうですか?』なんてやってるわけね。そのうち、昆虫図鑑の見開きにバッタの顔が大写しで載ってるのが出てきた。それが、ドクロのシルエットに非常によく似てるんだよ」

――確かにそうですね。

「そしたら先生も、『これ、いけるな』って(笑)。ホッとしてね(笑)。それで、先生も描き出して、それでバッタ仮面ができたわけだよ。ホントにあの図鑑は、天の助けみたいなもんだね(笑)」

――そういったいろいろな種類の図鑑のたぐいは、あらかじめマネージャーの加藤さんが用意なさっていたものなんですか?

「もう、いつものことだからね、いっぱい抱えてもってきてね」

――それにしても、すごい巡り合わせですね。そのバッタの写真から、イメージを膨らませていかれたんですね。

「先生が、『バッタは自然の象徴だ』と。だから、『ショッカーは自然破壊をするやつらだ』と。先生の頭の中には、そういうディテールがどんどん出てきてるんだね。僕も、それを一生懸命メモして(笑)」

――そういった苦労の末に生み出された『仮面ライダー』は、放送開始の翌年の正月、第41話「マグマ怪人ゴースター 桜島大決戦」で、初めて30%を超える視聴率を記録し、『巨泉のお笑い頭の体操』に勝利するという当初の目的を果たしたわけですね。

「ホント、すごい話だよね(笑)」
引用元:石ノ森章太郎没後10周年企画 – 平山亨の証言 (1) 石ノ森章太郎先生との出会い | マイナビニュース http://news.mynavi.jp/articles/2008/07/07/hirayama/