文学作品と書かれた時代 昭和時代『雪国』『山羊の歌』『斜陽』 明治時代『三四郎』『田舎教師』 冬目景(とうめけい・女性)の漫画『羊の歌』吸血一族の物語 中原中也『山羊の歌』由来

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明治時代昭和時代備考
雪国昭和12年川端康成
ヒロインは駒子
山羊の歌昭和9年中原中也(ちゅうや)
詩集
三四郎明治41年夏目漱石
主人公小川三四郎
斜陽昭和22年太宰治
田舎教師明治42年田山花袋
主人公は林清三

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冬目景の漫画
小栗旬、加藤夏希主演で映画
中原中也の詩集に由来
血を求める高城一族の物語
『ハツカネズミの時間』
『羊のうた』(答)
『イエスタデイズをうたって』
『ももんち』


冬目景の漫画
「月刊アフタヌーン」に連載
米軍基地内にある学園が舞台
学園から脱走する物語
『ハツカネズミの時間』(答)

連想
冬目景の漫画
「ビジネスジャンプ」に連載
主人公はフリーター・魚住隆生
RCサクセションの曲に由来
『イエスタデイをうたって』(答)

『雪国』(ゆきぐに)は、川端康成の長編小説で、名作として国内外で名高い。雪国を訪れた男が、温泉町でひたむきに生きる女たちの諸相、ゆらめき、定めない命の各瞬間の純粋を見つめる物語[1]。愛し生きる女の情熱の美しく哀しい徒労が、男の無情に研ぎ澄まされた鏡のような心理の抒情に映されながら、美的に抽出されて描かれている。
雪国 (小説) – Wikipedia

中原 中也(なかはら ちゅうや、1907年(明治40年)4月29日 – 1937年(昭和12年)10月22日)は、日本の詩人、歌人、翻訳家。旧姓は柏村。夭折したが350篇以上もの詩を残し、一部は、中也自身が編纂した詩集『山羊の歌』、『在りし日の歌』に収録されている。訳詩では『ランボオ詩集』を出版するなど、フランス人作家の翻訳もしている(他に少量だがアンドレ・ジイドほか)。日本大学予科、中央大学予科などを経て東京外国語学校(現在の東京外国語大学)専修科仏語部修了。
中原中也 – Wikipedia

山羊の歌
やぎのうた

中原中也(ちゅうや)の第一詩集。1932年(昭和7)の春ごろ、編集作業を開始し、44詩篇(しへん)を収録して10月ごろ印刷を終了。その後、2年ほどの曲折を経て、1934年12月、200部限定、高村光太郎の装丁によって背表紙に金箔(きんぱく)を押した四六倍判函(はこ)入、3円50銭の豪華本仕様として文圃(ぶんぽ)堂から刊行された。
山羊の歌(やぎのうた)とは – コトバンク

『三四郎』(さんしろう)は、夏目漱石の長編小説である。1908年(明治41年)、「朝日新聞」に9月1日から12月29日にかけて連載[1]。翌年5月に春陽堂から刊行された。『それから』『門』へと続く前期三部作の一つ。全13章。
九州の田舎(福岡県の旧豊前側)から出てきた小川三四郎が、都会の様々な人との交流から得るさまざまな経験、恋愛模様が描かれている。三四郎や周囲の人々を通じて、当時の日本が批評される側面もある。三人称小説であるが、視点は三四郎に寄り添い、ときに三四郎の内面にはいる。
三四郎 – Wikipedia

『斜陽』(しゃよう)は、太宰治の長編小説。
『新潮』1947年7月号から10月号まで4回にわたって連載された。同年12月15日、新潮社より刊行された。定価は70円だった[1]。初版発行部数は1万部。すぐさま2版5,000部、3版5,000部、4版1万部と版を重ねベストセラーとなった[2]。
没落していく人々を描いた太宰治の代表作で、没落していく上流階級の人々を指す「斜陽族」という意味の言葉を生みだした。斜陽という言葉にも、国語辞典に「没落」という意味が加えられるほどの影響力があった。太宰治の生家である記念館は、本書の名をとって「斜陽館」と名付けられた。
斜陽 – Wikipedia

田舎教師
いなかきょうし

田山花袋の長編小説。 1909年発表。作者の義兄太田玉茗が住職の埼玉県羽生の建福寺に下宿していた青年の日記をもとに構想された。林清三は,夢多き多感な青年だが,貧困ゆえに田舎の小学校教師として生計を立てざるをえなかった。
田舎教師(いなかきょうし)とは – コトバンク

幼い頃、離別した姉・千砂と再会した一砂。一砂は一族特有の愛する者の血が欲しくなる吸血の病を発症するが…。待望の文庫化!!
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羊のうた (1):刊行情報 | 幻冬舎コミックス GENTOSHA COMICS