城達也 小野田英一 森田真奈美 伊武雅刀 大沢たかお


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『JET STREAM』(ジェット・ストリーム)は、TOKYO FMをキー局にJFN38局で放送されているイージーリスニングの音楽番組である。

概要[編集]
1967年(昭和42年)7月3日に、東海大学の超短波放送実用化試験局FM東海にて放送を開始。1970年(昭和45年)4月からは、FM東海を引き継いで開局したエフエム東京(TOKYO FM)に移って放送を続け、2004年(平成16年)11月25日に放送1万回、2007年(平成19年)7月3日に放送40周年、そして2017年(平成29年)7月3日に放送50周年を迎えた。同局番組および全国FM放送協議会における最長寿番組として現在も記録を更新している。

初代:城達也(1967年7月 – 1994年12月)
城はこの番組のパーソナリティを降板した直後の1995年に他界。
番組中のコーナーは「私のレコードアルバム」(のち「ステイ・ゴールド」)。コーナー到来のお知らせも機内放送風になされていた。
エンディングの挨拶は「ではまた明日、午前零時に(金曜日は“来週のこの時間に”)お会いしましょう」。
12月30日の最終出演回では「では皆さま、さようなら。よいお年をお迎え下さい。」と、これまで決して口にする事の無かった『さようなら』と別れの言葉で降板、これがパーソナリティ城達也最期の言葉ともなった。
公式記録としては放送開始から降板するまでの27年以上7387回の間一度も休んだことがないことになっているが、1000回直前の頃に代打として同局のアナウンサー田中穂蓄が放送を行った[10]。

2代目:小野田英一(1995年1月 – 2000年3月)
城は同じ事務所の先輩。『ラジオライブラリー「新・人間革命」』(文化放送)とともに事務所の先輩から後輩へ引き継がれた形となった。
エンディングの挨拶は「ではまた明日の(金曜日は“来週○曜日の”)、午前零時に、このラウンジでお会いいたしましょう」。
降板した2000年、三才ブックス発行の「ラジオ番組表」の読者コーナーにおいて、降板を惜しむ投稿が掲載された。

3代目:森田真奈美(2000年4月 – 2002年9月)
機長ではなく、フライトアテンダントの設定でパーソナリティを担当。また「乗客」としてゲストを迎え、世界中の国や都市をテーマにトークを展開した。イメージは『リスナーに旅の感動と楽しさを提供する新しいエンタテインメント・プログラム』[11]
この間は『LOVE SOUNDS ON JET STREAM』(ラブサウンズオンジェットストリーム)というタイトルで放送していた。
この頃にはラジオショッピングもあったことが、上記の「ラジオ番組表」掲載の番組欄で確認できる。
しかし、当時大幅に変わった番組構成に対して、一部から疑問の声が上がっていたのも事実で、伊武雅刀に交代した際には城達也が担当していた当時のスタイルに戻されることとなった。

4代目:伊武雅刀(2002年10月 – 2009年3月)
タイトルが『JET STREAM』(ジェット・ストリーム)に戻される。
当初はCM入り時間の変更や、1週間通しの企画でラジオドラマを放送するなど試行錯誤が行なわれたが、その後は安定した人気を得る。城・初代機長のスタイルを踏襲した語りは、好評を持って迎えられていた。
番組中のコーナーは「サウンド・グラフィティ」。
伊武は当番組担当前にスネークマンショーにおいて、「JET STREAM」のパロディ「JET STRIP」のパーソナリティ「欲情達也」を演じた経験がある。

5代目:大沢たかお(2009年4月 – )
番組中のコーナー「サウンド・グラフィティ」をはじめ、構成は伊武時代を引き継いでいる。
大沢は、番組のオファーを引き受けた当初は嬉しかったが、開始が近づくにつれて「城さんや伊武さんの路線を忠実に引き継げるだろうか」と不安で仕方がなく、撤回しようかとまで思い詰めたこともあったという[12]。
引用元:JET STREAM – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/JET_STREAM