マリア・ジビラ・「メーリアン」『スリナム産昆虫変態図譜』


『スリナム産昆虫変態図譜』
という手彩色銅版画集で有名な
ファーブル以前の女性昆虫学者は
マリア・ジビラ・◯◯◯◯◯?
サーソジョ
メコアリン
メーリアン(答)
30%
Anna Maria Sibylla Merian


「バラの画家」と呼ばれた
ベルギーの画家です
ルドゥテ(答)
「ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテ」
Pierre-Joseph Redouté
引用元:ルドゥテ『バラ図譜』 http://seethefun.net/%E6%96%87%E7%B3%BB%E5%AD%A6%E5%95%8F/33525/

085NMRCafJOwH
次の文字列を順に選んで
2013年世界陸上選手権女子
100mと200mで優勝した
選手の名前にしなさい
シェリー
アン
フレーザー
プライス
「シェリーアンフレーザープライス」
Shelly-Ann Fraser-Pryce
引用元:「シェリー=アン・フレーザー=プライス」ジャマイカの女子陸上選手 2008北京五輪2012ロンドン五輪2013世界陸上100mほか優勝 「ラスタファリズム」ジャマイカの社会宗教運動「ハイレ・セラシエ」 http://seethefun.net/%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%84/13053/


マリア・シビラ・メーリアン

17世紀、昆虫を求めて新大陸へ渡ったナチュラリスト

「ダーウィンよりも早く、フンボルトよりも前に、オーデュボンにも先んじて、マリア・シビラ・メーリアンは科学の発見を企ててヨーロッパから新世界に渡った。」それは1699年、彼女が52歳の年。アムステルダムで画家としての地位も確立した彼女を危険な旅へと駆り立てたのは、幼いころから続けてきた昆虫の変態の研究だった。
1970年代以降、遺された絵や習作ノートが200年以上を経て世に出てから、ナチュラリストとしてのメーリアンの再評価がはじまった。なかでも注目されているのは、リンネ以前の時代、昆虫の定義すら定まっておらず、昆虫が象徴的観念や伝説と実体との混合物だった時代に、生物としての形態そのものを捉えていたことだ。環境との関わりの中で生物を捉える生態学的な視点も、何世紀も時代に先駆けていた。
著者は残された資料を渉猟し、メーリアン家の出版業と当時の商業文化、科学としての体系化以前の生物学の様相、アムステルダムという都市の役割、駆け込み寺となった宗教共同体の影響など、稀有な才能を形作った興味深い背景を掘り起こす。
この人も奇特に生まれついたのではなく、やはり時代の要請のなかで、自らに率直な生き方を臆せず選んでいるうちに我知らず変態を遂げ、傑出していたのだ。そんなメーリアンの囚われない、虫愛づる魂に、誰もが鼓舞されずにはいられないだろう。
引用元:マリア・シビラ・メーリアン:みすず書房 http://www.msz.co.jp/book/detail/07411.html

マリア・ジビーラ・メーリアン(Anna Maria Sibylla Merian、1647年4月2日 – 1717年1月13日)は、ドイツ生まれの、植物や昆虫などを詳細に描いたイラストで知られる画家で、自然科学者でもある。芸術家としての名声に加え、蝶や蛾の変態を緻密な観察眼と描写力で描いた彼女は、昆虫学に多大な貢献をもたらした人物として高く評価されている。また彼女は、その業績をほぼ独力で成し遂げた点から、自立した女性の代表例とみなされることもある[1]。

業績[編集]
植物画家としてキャリアを始め1600年代後半に3冊の彫版を出版したマリアは、やがてその視点に生物を加え、昆虫の変態が進む経過を明らかにした。当時、泥から生まれる悪魔の動物という悪評を受けていた昆虫に知的好奇心を向けることは稀であり、一部の学者が少々気づく程度でしかなく一般には全く未知であったその生態に着目した彼女の着眼点は革新的だった。
マリアが観察し、描き纏めた186種類にものぼる昆虫のライフサイクルはそれまでの常識を覆し、ドイツ語で出版された『ヨーロッパ産鱗翅類‐その変態と食草』は貴族など上流階級を中心に広く知れ渡った。しかしながら、公式な科学論文はラテン語で執筆されるのが常であり、彼女の業績が科学者たちに正当に評価されることはあまり無かった。

マリアは、実際に観察することで洞察や理解を深め、新たな発見ももたらした。例えば、イモムシが蝶になるまでの各過程において、食物とする植物の種類は決まっており、そのために卵が産み付けられる場所も限定的になる事実を見極めた。自然科学研究においてこのような観察手法を重視する学者は当時ほとんどおらず、彼女はこの点でもパイオニアのひとりと言える。彼女の版図は、この植物と昆虫との関係、昆虫の経時的成長段階のふたつの要素を1枚にまとめて描写したことでも画期的だった[2]。
引用元:マリア・ジビーラ・メーリアン – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%B3